ウィーン留学日記
留学中に飲んだウィーンのビール
2003年08月27日
毎日スーパーでついつい買ってしまうビール。こっちのビールは日本より格段に安い。 ここではオーストリアのビールだけでなく、近所で買ってしまったビールの味くらべをしてみました。(さてこの1年間、部屋で飲むビールは何リットル?) | ||||||||||||||||
1) GOESSER | ウィーンのビール。ほんのりフルーティな 香りとしっかりとした苦味で飽きのこないビール。「ウィーンのビールならこれ」と以前クフモでヴァイオリンを習ったコヴァチッチが教えてくれた。毎日飲む ものだけに飽きがこないのはとても大切だ。美味いビール。www.goesser.at 計104本
チェコの本物バドワイザー。今世界的に有名なバドは実は偽物。昔とあるアメリカ人がチェコでとっても美味しいビールを飲んで感動し、「是非このビールを世 界中に広めよう」と作り出したのがあの薄いバドだとか。本場のはしっかりしたコクと味わいでその違いに感動してしまう。ホントに美味いビール。日本では渋 谷宇田川交番斜め前の酒屋にも置いてあるので興味のある人は試してみては。
計8本
日本でもおなじみ、ドイツのレーベンブロイ。ただし日本で現在売られているのはアサヒビールがライセンス販売しているもので、味は全く違う。やはりアサヒには無理だった?こっちのは甘くてまったりとした口当たり。好きなビールの一つ。計11本
ふたたびドイツのレーベンブロイだが缶の色が黄色で初めて見たときビックリした。中身はヴァイス・ビア(白ビール)。味はヴァイス・ビアにしてはあまりくせがなくて飲みやすく、香りも心地よい。オリジナルと同様、口当たりはマイルド、美味い。計6本
ドイツで製造されているこのビール、なぜかロシア語らしきスペルがたくさん書いてある。味は、苦味が強いがコクは薄く、あまり美味しいとは思わなかった。計2本
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2)BUDWEISER | |||||||||||||
3) LOEWENBREU (original) | |||||||||||||
4)LOEWENBREU (Weissbier) | |||||||||||||
5) WARSTEINER | |||||||||||||
ベックスはドイツはブレーメンと書いてある。炭酸が強く苦味も強い。細かい炭酸で喉ごしすっきり、あと味が口に残るがそれほど嫌な感じではない。個人的にはもう少しまったりしてるほうが好きだ。www.becks.com 計1本 これはオーストリアのビール。穀物の香りが強くてとても美味しそうな印象を受ける。香りのわりには後味に穀物臭さが残らずスッキリしている。どっちかとい うと酸っぱい感じ。炭酸もしっかりしていて喉ごしは良い。www.fohrenburger.at 計1本 ウィーンの空港と同じ名前のシュヴェヒャーター・ビール。麦の香りがちゃんとあって、見た目の色は濃いが味はそれほど濃くなく、苦味が強い。口に含んだときに感じる酸味は後に引かず、炭酸のピリピリ感が程よく残って心地よい。計36本 これもオーストリアのビール。全体に薄め。アルコール度数も4%。炭酸も薄く軽い口当たりでジュース感覚で飲める。日本のサントリーのビールに似た感じがした。計7本 これもオーストリア産。味はしっかりしてて苦味が強い。一瞬ヴァイス・ビールかと思ったほど、最初の香りはフルーティだった。慣れてくるとそんなこと気にならなくなり、徐々に酸味が口に残るようになる。細かめの炭酸で飲み口が良い。 計7本 ZIPFERも味は軽め。さくさく飲めそうだと思いながら飲み だしたら、後味に酸味を感じてしまい、早々に切り上げてしまった。どうもこのビールは後味が良くない。最初に飲む分には良いが、仕上げに飲んだりすると雑 味が口に残る。特別不味いわけじゃないのに、かといって美味いかって言うと首を傾げる。計9本 Schankbierと小さく下に書いてある。Schankと はオーストリーの言葉で酒場という意味。酒場のビールというわけか。アルコール度数は4.6%で味も軽いが、ほんのり甘味もありクイクイいってしまう。味 見のときはノドが渇いてたせいもあるがアッという間に飲み干してしまいいまいち記憶が定かではないが、飲みやすく美味しかった。値段が安い(約45円)の も気に入った。後日、もう一度飲んだら、値段だけのことはある。いまいちだった。計5本 | ||||||
6)BECK'S 7)FOHRENBURGER 8)SCHWECHATER 9)SKOL 10)PUNTIGAMER 11)ZIPFER 12) GAMBRINUS | ||||||
13)PILSNER URQUELL | これはチェコのビール。グラスに注いだ瞬間おもわずニヤケてしまったほど、嬉しくなるような色。味もそれに比例して苦味とコクのバランスが素晴らしい。同じチェコのバドに比べると穀物の香りが若干薄いか。また見るからに美味そうなデザインもいい。計59本 これはウィーンのOttakringで作っているのでこの名前。香りは上品で美しいんだけど、味がいまいち好きになれない。ちょっと酸味があって、薄い感 じ。後味に酸っぱさが残るのが嫌だ。地元じゃいろんなお店に置いてあるので飲む機会が多いのは確か。アサヒビールはこれを真似て作っているって話を現地の 人から聞いて納得。計8本 これはオーストリアのビール。色といい香りといい結構好きなビールだ。麦の香りがしてほんのり甘味があって、後味に麦の香りが程よく残っては消えてゆく。強烈な個性はないけど飲み飽きしないビールだ。 計3本 www.fohrenburger.at | ||||||||||||
14)OTTAKRINGER | |||||||||||||
15)FOHRENBURGER | |||||||||||||
16)SCHLOSS | Schlossは香りも味も穀物!!と自己主張が強いビールだ。最初飲んだときは「うっ」と唸るほど不味く感じたけど、味わっているうちにだんだん慣れてきたのかこの香りが嫌でなくなってきた。だた、沢山飲みたいかというとちょっと考えてしまう。もうちょいか。計14本 EGGER Vollbier Lager 1516年に生まれたそうだ。年期の入った老舗のビール。一瞬「玉子男か?」と考えてしまった。とってもちゃっちいラベルデザイン。値段も安め。味は Schlossと似たような穀物の香りが強い。パンを食べてるような香りがする、でもなんか懐かしいというか、素朴な味で美味しく感じる。計10本 11番のZIPFERのMIDIUM版。これはアルコール度数が3%とかなり軽め。炭酸も軽くて飲みやすいけど、味も薄い。水のようだ。11)ZIPFERと同じ傾向でなにか物足りない。計2本 これは味も香りも強烈な個性はないけど、全てにおいてバランスのとれたビール。フルーティな香りで、それまでの個性的なビールに飽きてきたら、EFESを飲むとホッとする。缶のデザインも何となく洗練されていて美味そうな気がしてしまう。値段もちょっと高い。計10本 | |||||||||||||||
17)EGGER | ||||||||||||||||
18)ZIPFER MIDIUM | ||||||||||||||||
19)EFES | ||||||||||||||||
20)GOLD FASSL | ウィーンのビールでどこでも見かけるありふれたビールだがう~ん、薄い。アルコール度数は4.6%。特に印象無し。計1本 | |||||||||||||||
2003年6月〜9月のウィーン日記
2003年06月27日
9.5
9月になって秋の気配を強く感じるようになった。朝晩は13℃になった日もあるので、もう窓を開けては寝られない。まだ日差しは明るいけど、曇りがだんだ ん増えてきて気がついたときには太陽は拝めなくなる、そうなったら冬だ。去年来たときに初めて飲んだSturmも街で見かけるようになり、1年経った実感 が湧いてくる。
今、これをウィーンの空港で書いている。昨晩はあまりよく眠れず1時間おきに目を覚まし、今朝も6時過ぎには起きてしまった。遠足前日と同じ心境だろう か?いや、違う気がする。それから最終片付けをはじめ、タクシーを予約し、楽器をとりだして弦を緩め、資源ごみを捨て・・・10時過ぎには全て完了。タク シーで11時に空港に着いた。ウィーンの空港は小さいので取り立てて見るものも余りなく、暇を持て余してしまう。今さら『お土産を』って感じでもないし。 ハンガリーのサラミとM.FREYの指環を買ってから、無事パスポート・コントロールを抜け、オーストリア国外に出た。あとは飛行機に乗れば、多分間違い なく日本に連れていってくれるはずだ。今午後1時って事は日本は既に夜8時。時差ボケをなるべくは約解消しなければいけない。昨夜は余り寝ていないので、 機内でぐっすり眠れることを期待しよう。 9.3 片付けも本格的になってきた。いらない食材や調味料類を捨てるのはかなり気が引けるので、友達に持っていってもらった。おかげでほぼ無駄なく使い切ること が出来た。日本から持ってきた衣類等日用品はものはどれも捨ててよいものばかりなので、ごみ箱に何度も通わなければいけない。その度になにか勿体ない気が してしまうのは貧乏性だからか。古着は街中に古着専門の回収箱があるので便利だ。リサイクルに関しては日本の数倍徹底している。 夜はCIAさん主催のお別れパーティ。10人ほど集まって3時過ぎまで飲んでいた。最後にみんなから心のこもったメッセージカードをもらった。このような 友人達に巡り合えたのは、ホントによかったと思う。ウィーンの皆さん、1年間、お世話になりました。またどこかでお会いしましょう。 ここでも生活もあと2日。早く日本に帰ってホッとしたいのが正直な気持ちだ。 9.2 昨晩遅くにクリスティアン先生から連絡があり、最後のレッスンを受けてきた。夏休み中、何を練習しようかずっと迷っていたが最後に挑戦してみようと一念発 起し、ブラームスの3番を譜読みしておいた。弾けば弾くほど難しいし、緊張してくる。レッスンではシカゴ響のメンバーが聴講に来ていて、こっちはさらに緊 張し、先生はサービス満点、気合入りまくりで2時間ぶっ通しの素晴らしいレッスンだった。やはりブラーム スは体力的にキツイ!基礎体力、集中力その他諸々、どれをとっても敵わない。「1年の締めくくり」とは余り思っていなかったが、最後に強烈なメッセージを 貰った気がする。これで先生の元、出来はともかくとしてブラームス全曲を見て貰えたことは、後々とても大切な財産になると思う。10年後か? 9.1 今日は、Operの開幕日。ティーレマン指揮で再び『トリスタン』を聴く。今回は奮発して116オイロの席を購入、舞台はよく見えるし、音は良いしで申し 分なし。演奏も「初日からこんなに充実してて良いのだろうか?」と心配になるくらい、休み明けとは思えない素晴らしい演奏だった。前奏曲が始まってしばら くしてから、懐かしい気持ちと、これで日本に戻る気持ちとが混じって複雑な気になった。明日も続けて『シモン・ボッカネグラ』を見るが、これがホントに最 後のOperである。 8.31 明日はとうとう9月、帰国が迫ってきた。これまで長い道のりだったように思う。『留学』というと聞こえは良いが実際は大変なことの方が多い。言葉は通じな いのは当然、物事一つこなすにも日本の数倍の気力、労力がいる。約1年、絶えず緊張しながら生活して、芯から安らいだ気持ちにはなれなかった。その代わり 演奏会や練習など日本では味わうことのできない時間も過ごせた。それもこれも、のこり数日の辛抱。毎日指折りカウントダウンをして過ごしている。 8.28 最近、寝つきが悪いというか、夜中何度か起きてしまう。ベッドのマットレスが身体に合わないせいもあると思うが、今朝も4時半頃に一度目が覚め、6時過ぎ にもう一度、結局7時過ぎには起きてしまった。目が覚める前は夢を見ている。大抵変な夢が多い。いつも書き留めておけば面白いだろうなとは思うが、起きた ときにすぐ忘れてしまうか、続きを見ようとして二度寝している間に忘れてしまうのどちらかだ。そういえば思い出した。一昨日の夜も金縛りにあい、声になら ない声を出しながら何となく状況を確認していたら、顔の前に置いていた自分の手と自分の感覚での手の場所がまるっきり違うことに気がつき、いくら目の前の 手を動かそうとしても、意識はそれより数十cm離れた違う空間に向っている変な感覚に見舞われた。ほどなくして元に戻ったので気にせず寝てしまったが、こ れって簡単な幽体離脱なのだろうか?高校生の時、夜寝ていると、『自分は今浮いているんじゃないか』と思う瞬間があり、そう思った途端『ドン』といった衝 撃とともにベッドに落とされることが何度もあった。浮いているのは2~30cm程度かな。気のせいではなく、確かに落とされ、ベッドが軋み、古い木造ア パートは窓ガラスまでその衝撃でガタガタ鳴っていたので間違いないと思う。皆さん、こんな経験はされたことあるでしょうか? 8.26 旅行会社から帰国のチケットについての案内がやっと来た。またオーストリア航空からも、チケット受け渡しについての電話があり、今日受取にいってきた。こ れでもう後はいよいよ帰るだけ、の心境になってくる。ちょっとづつ荷物をまとめ、送るものは箱に詰め、捨てるものは処分し・・・と細々とした面倒くさい作 業だ。ギリギリまで使うものはいつまでたっても片づかないので、結局前日になって慌てることになるのだろう。 8.25 2週間前までは、南からの直射日光でまるでサウナで練習しているかのような毎日だったが、ここにきてやっと日中も過ごしやすくなってきた。スイスに行って いる間の約1週間楽器を持たなかったので、再び身体を作り直す作業にとりかかっている。毎年夏は楽器を持たない時期を作るようにしていたが、練習を再開し て今回初めて腕、肩など筋肉痛になった。これも歳のせいか。3日目にしてやっと身体が戻ってきた感じ。音はまだ何か違う。腰を落ち着けてと行きたいところ だが、帰国が迫ってきているので浮き足立っているのも確かだ。昨夜は『無事に帰国して両手を挙げて大喜びしている』夢を見た。周りの友人達からは「日本に 帰りたくなくなったんじゃない」と言われるが、実際はやはり日本に帰りたい気持ちが強い。今月のカレンダーに帰国日までのカウント・ダウンを書き込んで、 指折り数えているほどだ。ウィーンでは同じ日本人留学生でも、僕より10歳くらい若い人達とは何かにつけて違いを感じる。言葉を覚えるのも早いし、ヨー ロッパの風土に上手く溶け込んで生活している。とにかく彼らはパワーに満ちあふれているのだ。それに比べて自分はというと、最初のうちは気持ちが勝ってい たが、半分を過ぎるころから「どうせあと半年だし・・・。あと3ヶ月だし・・・。もうすぐ帰るし・・・。」と、音楽以外のことに関して消極的になってき た。音楽については、1年しか無かった割にはできる限りのことをやった自信はあるけど、キツキツだったかもな。何だろう、上手く表現できないけど、ツアー で30分の間に美術館を駆け抜けるのと、一人ゆっくり見たい絵の前で立ち止まったり、途中Cafeでお茶をしたりしながら1日かけて見て回るのとの違いだ ろうか。 只今留学中の皆様、無駄な時間を十分味わって下さい。 8.21 アバド『復活』!20日の演奏会を聴き終えたときの感想はまさにそれ。やっぱりルツェルンまで聴きに来て良かった。頭の先から足小指の先まで鳥肌立った。 特別編成のルツェルン祝祭管は弦の編成が18-18-16-14-10、コンマスはコーリア・ブラッハー、セカンドはベルリン・フィルの有名なヒゲのお爺 ちゃん、それにクリストとファウスト、コンバスはウィーン・フィルのポッシュがそれぞれ首席。核になるメンバーがいて、それ以外はいろんなオケからの選 抜。主にマーラー室内管からが多かった。平均年齢はわりと若いと思う。他にもルーカス・ハーゲン、アンドレアス・シュミット、クレメンス・ハーゲンや吉野 直子さん、ナターリャ・グートマンもいた。オケの性能は、そりゃベルリンやウィーンと比べると・・・だが、十分世界に通用する。若手バリバリのメンバーに 囲まれて、アバドも若返ったように活き活きとして見えた。とても70歳とは思えない身体の切れ具合。 今日の演奏会は完全にアバドがオケを握っていたと思う。アバドから目が離せなくなるほど、惹きつけられ釘付けになった。彼のバトン・テクニックは派手じゃ ないし、パッと見わかりにくいけど、じーっと見ていると「なんか凄いんじゃない、これ」と思えてくる。変なプレッシャーも与えないし、テンポの微妙な動 き、変わり目、アインザッツなど、絶妙な捌き具合、とても演奏者に優しい棒だ(あくまで客席から見た感想)。終演後はアバドだけのカーテンコールで会場総 立ち状態、客席から花が投げ込まれ、オケが去ったあともアバドだけ呼び出されていた。僕も最後の最後まで拍手をし、しっかり彼の表情と余韻を身体に染み込 ませてホールをあとにした。 8.20 オケと指揮者の関係とはなんだろう。圧倒的なカリスマ性とバトン・テクニックでぐいぐい引っ張ってくれる指揮者だと、オケはその通り弾いていけば間違いは ないし楽だ。サヴァリッシュやチョン・ミュンフム、ゲルギエフなどはこっちの部類だろう。デュトワもフランス物になるとその度合いが増す。それに対してア バドは、先日のバッハを聴く限りではとてもぐいぐい引っ張っているようには感じられない。どちらかというとクスマウル率いるオケ・メンバーに任せている感 じだった。それなのに出てきた音楽は結局アバド以外の何者でもない。ただ真ん中に立って、チョコチョコっと指示を出す程度なのに。 練習中ではいろいろ指示を出していたのに本番で急に指揮者が振るのをやめてオケに任せた途端、良い音が鳴りだすことがよくある。この手では、バーンスタイ ンがウィーン・フィルで「バラの騎士」を振ったときにやはりワルツの部分では全く振らない、もしくは袖に下がってしまった、等の逸話が有名だ。スヴェト ラーノフも目を瞑ってただジッと立っているだけ、それを見たときは何故か俄然やる気満々になってしまった。こういうのって、オケの自発性と音楽性に完全に 任されるわけで、余程オケを信用できないと(ただでさえ思い通りにしたい)指揮者は怖くて振れないだろうし、オケも自発性や音楽的要素が欠けていたらどう しようもないことになる。もしかしたらアバドの棒は究極の形なのかも知れないなと、思った。 それに加えていろんな演奏会を聴いてみると、演奏家達の自発性の高さ、それを裏で支える音楽的引出しの多さに感嘆する。これは自分にとって、学ばなければいけない点であり今後の課題だ。 8.19 20日の演奏会まで2日間あるので、ルツェルンを離れベルンとチューリヒにそれぞれ1泊づつしている。昨日は昼過ぎにベルンのホテルに着いてから、歩いて 市街を観光。バラの庭園、熊公園、時計塔、監獄塔などブラブラしていると次々に現れるので、あっという間に市街見物ができてしまう。ザルツと同規模の大き さだろうか。この日はあいにくの月曜日で、美術館や博物館はどれもお休みだから、見るものもなくひたすら散歩して過ごした。昼は監獄塔の側にあるイタリア ン(いくつもお店が並んでいる中の一軒)でパスタを食べた。一口食べて思い出したのが、ドイツやスイスでパスタを食べると大抵茹で過ぎになっているのでや めたほうがいいということ。ここも同様、味はいいけどかなり柔らかく、九州のうどんのようだった。夜は折角なのでスイス料理をと、同じ並びにある別の店に 入る。いろいろメニューを眺めていたらローストビーフに目が止まり、これを注文。薄くスライスしたローストビーフが重なるように大皿に盛りつけられて、さ らにポテトフライがかぶさるように付いてくる。タルタルソースもちょうどいい。これは当りだった。 今日は11時前の列車でチューリヒに向った。チューリヒは6年ぶり、N響に入団した翌月のヨーロッ パ・ツアーで2日間滞在して以来だ。その時は、慣れないツアーに海外ということでアジア料理が懐かしくなり、窪田さんと酒井さんと3人で中華に行って食べ まくったのを覚えている。しかし紹興酒をボトルで頼んだりした報いは恐ろしく、一人約1万2千円だった。スイスは食費が恐ろしく高いのだ。軽く食べるにし ても2千円は最低かかる。今日も昼食はセルフサービスの中華で1品頼んで飲み物をつけて約1900円。オーストリアがいかに素晴らしい国か、言わずもがな である。 昼食後は、最近必ず行きたくなる動物園に向う。美術館はともかく、博物館、資料館等は言葉が判らないと面白くない物が多いが、動物園はその必要がない。た だジッとしているペンギンや、やたらと愛想のいいラマなどを眺めているだけで心が癒される。ヨーロッパの動物園は日本と比べて規模が大きいのは仕方ないと しても、それぞれの動物がとても近くに感じる。オウムやカモなどは飛べるのに檻に入っていないし、放し飼い同然の孔雀親子は、こっちがビールを飲んでいる 間も足下をすり抜けていく。一体ここの動物園はどうなっているんだ。そのうちライオンとかも出てくるんではと心配になるくらい、人と動物の垣根が低い。も しかしたら動物の方が、集まってくる人間を観察しているのかも知れない。 結局閉門時間ギリギリまで動物園にいて、それから街に戻り、チューリヒ湖、トーンハレなどを歩いて周ってきた。今日宿泊のホテルは久しぶりに冷房がある。ヒンヤリ快適で、ビール飲みながらこれを書いた。 8.17 昨日の天気予報によると「今日は曇りがちで雨も降る」とのことだったので山登りは無理かと諦めていたが、朝起きてみると意外に好天。こうなったら折角だし 天気が崩れる前に行ってしまおうと、ピラトゥス山の観光チケットを入沢の助けを得て入手。鉄道でAlpnachstadまで行き、そこで世界一急勾配を上 る登山鉄道に乗り換え、30分で一気にピラトゥスの頂上まで登る。頂上からの眺めはそれはそれはの絶景。ヒンヤリとした風が心地よい。雲一つ無くルツェル ンの街だけでなく周辺の山や湖も一望できる眺めは、日本離れしたダイナミックさがあった。頂上にあるレストランで昼食後、山の反対斜面に渡してあるロープ ウェイで下界に降りる。途中の乗換駅で美しいカウベルの音に惹きつけられてフラフラッと途中下車。「アルプスの少女ハイジ」が今にも飛び出してきそうな景 色の中を、牛を目指して歩く。「アルプス交響曲」やマーラーの6番に出てくるカウベルは当然のことながら、この『牛』から来ているのだが、牛一頭一頭の首 に付けられたカウベルは、無機質でいてなにか暖かい。「これが本物かあ~」と凄く感動してしまった。 牛を堪能した後は再び駅に戻ってロープウェイに乗る。心地よい揺れと風であっという間に睡魔に襲われて、昼寝。気がついたら下界に降りていた。 夜はお待ちかねアバドの「ブランデンブルク協奏曲」全曲だ。オケはルツェルン祝祭管弦楽団のメンバーからとなっていて、クスマウル、クリスト、ファウス ト、アルブレヒト、パユらベルリン・フィルのメンバー(『元』も含む)が中心に、若手の優秀な演奏家達がそれに加わっている。編成はヴァイオリンが最大で 3ー3だったので小編成の部類である。アバド人気はここでも凄く、ソリストの後にくっついてチョコチョコっと出てくるのだが、指揮台(実際は台はなかっ た)の位置に来るやいなや突然の夕立のような拍手が沸き起こる。あの拍手を聴くだけで鳥肌もんだった。演奏順は4,3,5番、休憩後1,6,2番で、ソリ ストのクスマウルやヴァイオリンの数名、チェロのサイドの人などバロック・ボウで演奏していたし、速めのテンポでピリオド奏法も取り入れた演奏スタイル は、もはやヨーロッパではスタンダードなものとして定着しているのだろう。見た感じではアバドが仕切っているというよりは、とても自然で活き活きと演奏す るメンバーを楽しそうに側で聴いている、そんな感じがした。ある意味、最上の席を独り占めしているのは彼だったのかも・・・。 印象に残っているのでは、そんなに速くて大丈夫かと心配になった5番もチェンバロは関係なしに見事に弾ききったし、4番のクスマウルも凄いねえ。2番は ヴァイオリン、トラベルソ、オーボエ、ピッコロ・トランペットのソロのバランスが素晴らしい。ラッパとトラベルソが対等に聞こえるのはプレイヤーが凄いの かバッハが凄いのか、とにかく鮮やかだった。2番の終楽章をもう一度アンコール、その時トラベルソはピッコロというのかな、1オクターヴ高い小さな楽器で 演奏、ラッパは最後のCをFに上げるなど華やかさとお祭り気分が相まって一番の盛り上りだった。今まで長いと感じていたブランデン全曲も、こうして聴いて みるとあっという間の2時間半、素晴らしい演奏会だった。 8.16 やって来ました、ルツェルン!ちょうど2年ぶりであるこの地、前回はN響ヨーロッパ・ツアーで ルツェルン音楽祭出演だった(8月19日参照)。その時は、夏休み明けの仕事がヨーロッパ・ツアーで、鈍った感を取り戻すためにひたすら練習していたの で、全くと言っていいほどどこにも観光に行かなかった。6日間もルツェルンに居たというのに・・・。今回はその時の思い出を補うためでもあり、本当はル ツェルン祝祭管を振るアバドの演奏会が最大の目的だ。明日早速「ブランデンブルク協奏曲」全曲の演奏会がある。アバドの「ブランデン」、レコーディングも されているけどいまいちパッとした印象が無い。というかバッハ?って感じだ。まあそんなこと言ってても実際演奏を聴いてみないと判らないし、そういうとき はえてして凄かったりするから、楽しみにしている。 ここルツェルンでは、かつて一緒にQuartettをやっていたチェロの入沢百合子夫妻のお宅にお世話になっている。彼女はもう5年ほどスイスに住んでい て、当然のことながらドイツ語もちゃんと話している。まさかスイスに居着いてしまうとは・・・と、昔と今のギャップに少々驚いている。 8.14 昨日今日とムギくんの誘いでザルツブルクに一泊旅行。この留学中、ザルツに行くのは実は初めて。「近いからいつでも行けるや」と、タカをくくっていたら今 まできっかけを失っていた。ザルツブルク、じつに11年ぶりである。11年前も時期的には同じで、ザルツブルク・フェスティバルとモーツァルテウムの夏季 講習の真っ最中だった。モーツァルテウムでオーボエの森枝がコッホとモーツァルトの木管八重奏を演奏して、ファゴットの笠原とヴィオラのきわちゃん、ウチ の奥さん(その当時はただの友人)にバッタリ駅前で会ったのを覚えている。そしてウィーン・フィルの名物コンマスだったヘッツェル氏がザルツカンマーグー トで事故死したのもこの頃だった。 ムギくんの案内で街を、何となく覚えている場所、まるっきり初めてのところなど確認するように歩く。ザルツはウィーンと違い、こじんまりとしているので1 日あればかなりいろいろ見て回ることができる。モーツァルトの生家と住んだ家は当然見学。祝祭大劇場、ミラベル庭園、ホーエンザルツブルク城、モーツァル ト広場、レジデンツ広場、カプツィーナ教会などを見て回った。 それにしても暑い。昼間っから喉が渇くとビールばかりである。でも気持ち良く酔っぱらえないほど暑い。あっという間に醒めてしまう。いつまで続くのだろうか、この猛暑。 8.11 Payerbachから帰ってきたその日、アン・デア・ウィーン劇場でベートーヴェン・アカデミーという名の演奏会があった。エンシェント室内管がベー トーヴェンの5番6番を初演された当時のプログラムを再現するこの企画、5時に始まり10時過ぎに終わる長大なプログラムだ。演奏されたのは5番6番の交 響曲にアリア、ピアノ協奏曲4番、ミサ曲から数曲とピアノの即興演奏に合唱幻想曲。最初から聞くつもりだったが、家に帰ったら疲れて寝てしまい、後半から 聴いた。ウィーンの演奏会は本当に久しぶり、開演前は妙にワクワクした。このワクワク感はいつ感じてもいいもんだ。 エンシェント室内管はホグウッド指揮でハイドンの交響曲全曲など一時代を築いたオケだが、この日は今一の調子。そりゃそうだろう、僕が聞いたときには既に 2時間演奏し終えたあとなのだから疲れも溜まっているだろう。その辺は割り引いて聴くとして、この日の白眉はソリストのロバート・レヴィン(フォルテピア ノ)だった。即興演奏では会場からあらかじめ書いてもらったモティーフをその場で4つ選び、ベートーヴェン風にアレンジしながら弾いていった。時間にして 12~3分か、凄い技術と音楽性だ。会場はヤンヤの喝さい。当時ベートーヴェンも一つのモティーフから40分もヴァリエーションを加えて演奏したという が、こういうのは迷いがあるとできないんだろうな。俺なんか、ただ弾いていても後悔したり、先を躊躇したりしてしまう。音楽家にはあまり向いていない性格 なのかも知れない。 8.10 9日10日と急にクリスティアン先生の別荘に遊びにいった。夕方着いてパイヤバッハ音楽祭のリート・アーベントを聴き、その後みんなで食事。先生はゲスト を楽しませる話題に事欠かない。みんな大爆笑の連続。僕のドイツ語力では半分も理解できていないけど、気持ちだけは伝わった。ワイン、仕上げのシュナップ スと気持ち良く酔っぱらってベッドに潜り込む。ウィーンと比べて夜は格段に涼しい。1分も経たずして寝てしまった。 翌朝は朝食後、卓球の練習。前回の雪辱を果たすために色々考えて練習したのだが、結果はまたしても惨敗。「あの大きな身体には絶対死角があるはずだ」と 思っていたが、意外と器用なのね、先生。結局こっちが左右と振り回されてお終いだった。次回の勝負はこの秋、日本で行われる模様である。 その後、先生の運転でパイヤバッハの名所を案内していただいた。意外とここゆかりの音楽家は多く、シェーンベルク、ウェーバー、マーラー、レオンスカヤ etc.・・・名前だけだが、「あ~、ここに居て数々の名曲をかいたんだな」と感じることができた。いろいろ廻ったあと昼食までのしばらくの間、ベンチに 座ってボーッと空を眺めていら、雲一つ無い青空の中を飛行機が、通るたびに一本ずつスジをつけていく。ときには一度に3機も飛んでいたりして、幾重にも重 なっていく飛行機雲を見ていたらますます日本に帰りたくなった。あと帰国まで25日。やっとここまで来たというのか、もうここまでなのか。とにかく日本食 をたらふく食べる夢だけは毎晩のように見ている。 8.8 このところ、帰国に向けて着々と準備をしている。先日は船便で荷物を送った。これからもまだいくつか送らなければいけないが、この様子だとそれほど大掛かりにはならずに済みそうだ。 荷物を送るのもそうだが、帰国してからのことを考えるのも必要だ。仕事のこと、生活のこと色々あるなかで、今最も楽しみなのが車を買うこと。今まで乗っていたVWのVENTO(2001年7月7日参照)は、走行距離12万キロにしてウィーンに来る前に具合が悪くなったので売り払ってしまったし、その後のアストラ・ワゴン(5月29日参照)も ウィーンに来て早々怪しい臭いがすると日本からの連絡でこれもウッパラってしまったので、帰国早々新しい車をみつけなければいけない。毎日、インターネッ トで中古車サイトを検索し、あれこれ懐具合と相談しながら考えている。かつて半年に2度も事故に遭った教訓から『車はなるべく丈夫なもの』、となるとドイ ツ車、なかでもVWのBORAはVENTOの後継モデルなのでもっか第1候補だが、ここにきてライバル出現。先月ボンからアーヘンまで宇野ちゃんの運転で 乗せてもらったプジョー307は最近安全面に力を入れているとかで、かなりの好感触。値段もVWに比べ少々お安い。浮いた分でカーナビが付けられそう。で もなあ、フランス車だしなあ、6月のパリ2日間はフランス語に手も足も出なかったし(ストライキまでしていたから)思い出があまりよくない、ということで いまいち決めかねている。何か良いアイディア、お奨めがあったら教えて下さい。 そうそう、フィルム・フェストに行く前、時間つぶしにケルントナー通りをぶらついていたら、ロシアか ら来た3人組に遭遇。ケルントナー通りにはそれぞれ思いおもいの楽器でいろんなパフォーマンスをしているが、バラライカとアコーディオンを演奏する彼らの 周りには、他のムジカー達より数倍多いギャラリーが集まっていたので、アイスを食べながら覗いてみた。マンドリンを三角形にしたようなバラライカ・プリマ とアコーディオンがどちらもメロディと和声を交互に担当し、立てると身体より大きそうなバス・バラライカがベースラインを支える。ちょうどその時は、「セ ヴィリアの理髪師」序曲をたった3人で軽快に、そしてダイナミックに演奏していた。オケの迫力にも負けていない。アコーディオンで弦楽器のトレモロやキザ ミを弾くときの、全身を使って小刻みに震えるように蛇腹(とでも言うんでしょうか、あの空気を送るバサバサしたところ)を操る様は、一見の価値あり。それ と、ベースの兄ちゃんがとっても音楽的に、楽しく演奏しているのについつい引き込まれてしまった。あまりにも素晴らしいので、彼らの自主製作盤CDをその 場で買ってしまった。そのトリオの名前は『Trio Kaleidoscope』。是非一度聴きに行ってみて下さい。 8.7 2日から昨日まで妹が遊びに来ていたので、更新はお休み。久しぶりに会って話しているうちに、すっかり関西弁になってしまった。 妹がハンガリーに旅立った昨日、市役所のフィルム・フェスティバルを見に行く。昨日はレヴァイン指揮ベルリン・フィルのヴァルトビューネでの演奏会で、 R.StraussとWagnerの名曲どころが上映された。途中、R.Straussの歌曲3曲とWagnerのオペラからをベン・ヘップナーが歌った が、これがまた凄すぎ。体格そのまんまの声がマイクを通じ、さらに大型スピーカーのサラウンド・システムから振動が身体を揺さぶらんばかりに押し寄せてく るので、嫌でも興奮してしまう。高い音域が楽々と出てくるのは聴いていても気持ちいい。さらに、ベルリン・フィルも安そうな楽器で弾いている割りには、い つもとオンナジ鳴りっぷり。最後のワルキューレの騎行もド迫力だった。 今日も続けてフィルム・フェステイバル。演目は「フィガロ」で1991年ウィーン芸術週間のアン・デア・ウィーンでアバド指揮によるもの。こちらも負けじ と豪華キャスト。末成由美(ステューダー)、あご勇、ライモンディ、チャーリー浜、シーマ・・・(あと名前忘れた)いいねえ。コミカルな動きと登場人物に ついつい吉本新喜劇を思い出してしまう。これは以前日本で放送されているので、見た人も多いはず。うちにもヴィデオがあるので帰国したら早速見直してみよ う。何しろ字幕がないしあらすじも知らないので、楽しそうなんだけどいまいち判らないのが悔しい。 8.1 クリスティアンの講習会がなんとか終わった。朝11時前にPayerbachに着き、GPを終えてから先生の別荘で昼食を御馳走になる。山の上にあるお宅 には、生徒の間で有名な『消防車』や卓球台だけでなく、とても懐かしい香りのミニ・トマトや自家栽培のレタス、数々の草花に囲まれて、下界とは全くの別世 界だった。そして食後、卓球をやりあえなく惨敗。先生の子供の方が上手いってのも、こちらとしてはいただけないが、次回の雪辱を心で誓い別荘をあとにし た。 レッスンの行われていた学校で最後の調整をし、早めの夕食をとって、終了コンサートの開かれる教会に向う。演奏前、遅い夕暮れの山々を眺めながら、この約 1年のクリスティアン先生とのこと、ウィーンでの生活をいろいろ思い出した。ここで弾くのもこれで最後、先生とのレッスンももうないのだ。石でできたその 小さな教会は、とても気持ちの良い響きで小さなミスは全て隠してくれる。教会でこんなふざけた曲を弾くのも少々気が引けたが予定通りミヨーを演奏、お客さ んもかなり湧いてくれて一安心。12年前『屋根牛』に知りあってからやっと人前で弾くことができたことには、良しとしよう。しかしいろいろ課題は山積み で、残り1ヶ月をもう一度落ち着いて復習い直してみようと思った。 それともう一つ、そのコンサートのとりだった、ベルリン・フィルに入ったばかりのコーネリアが弾いたベートーヴェン協奏曲から第2楽章、これには脱帽。自 然で音楽的で純粋で・・・素晴らしいの一言。こんな演奏をする人がトゥッティで弾いているベルリン・フィル、どう考えても凄いわけである。 7.31 ウィーンに戻った翌日から今度はクリスティアンの講習会でPayerbachに通っている。ウィーンから約1時間半。ここも何もない山の中の田舎町だ。 フィンランドに行ってて参加できなかった分、3日間で集中的なレッスンをしてもらう。初日は2時間ぶっ通し、心底尽き果てた。今日も1時間半。昨日のレッ スンで少し様子が判ったので、今日はボロボロにはならなかったが、もう明日いきなり終了コンサートである。出し物はミヨー:「屋根の上の牛」。クリスティ アン十八番の曲だが、どえらく難しい。無事に弾き通せるのかハッキリ言って不安である。こんな曲、自分のリサイタル・プログラムに入れなきゃよかったと、 少々後悔。 7.28 数日間ヘルシンキに滞在している。その間、9年ぶりのヘルシンキを散歩し、ムーミン・グッズを買いあさり(ウチの奥さんが)、シベリウス公園でシベリウス のモニュメントを見たりした。また一番大きいストックマン・デパートで演奏会用の黒靴を買った。11年前に同じストックマンで買ったイタリア製の黒靴は、 いまだに本番で使用している。今回も同じイタリア製で似たようなデザインの靴を見つけついつい買ってしまった。これでまた10年は困らないだろう。 その夜は知人のフィンランド人、ヘイモネンさん御夫妻のお宅にお邪魔する。娘さんのマリコちゃんと彼女の旦那ユッカも来ていた。マリコちゃんは京都生ま れ、1回目のクフモに一緒に参加してそこでもお世話になっている。この日はバーベキューで夕食をとった後、「モルク」というフィンランドのゲームをして遊 んだ。このゲーム、最初はボウリングの様に12本、木のピンを立てて、別の木で倒したポイント数が先にピッタリ50ポイントになれば勝ちという単純なゲー ムなのだが、複数倒れた場合は倒れた本数、1本のみ倒れた場合はそのピンに書かれている数字がポイントされる。さらに投げてピンが散らばったら、散らばっ た場所に立て直してゲームを続けるので、後になればなるほど狙いたいピンが遠かったり、周りに邪魔なピンがあるなどいろんな思惑、心理が働いて面白くな る。そして50ポイントを超えてしまった場合は25ポイントに逆戻りしてやり直さなければいけない。シンプルだけど奥が深い、フィンランドの国柄を象徴す るようなゲームだった。 これがモルクのピン、手に持っている木を3m手前から投げてピンを狙う。 7.26 KuhmoからHelsinkiに戻ってきた。Kajaani空港18時10分発のヘルシンキ行き飛行機に乗るためKuhmoを16時に発った。来るとき と違う道を爆走するタクシーにかなり不安を感じながら約1時間半で無事空港に着き、待合室でピアニストのOei(ウィー)氏と立ち話。『今日ヘルシンキに 着いたら、日本人達と寿司を食べる』と話したら彼の目の色が変わり、恐る恐る誘ってみたら一緒に行くことになった。ヘルシンキのホテルで待ちあわせていた 友人、Oei先生と再会し、『古都』という名前の和食レストランに向う。これまで約2週間ひたすら学校での食事だったので、寿司とタコの酢の物や鳥の唐揚 げ、串カツなど居酒屋メニューを貪るように食べた。Oei先生も日本酒片手になかなかの食欲で、クフモで彼に師事していた淳子ちゃんが「こんなに食べてい る先生、見たことない!!」と感動していたくらいだった。食事の間、先生はクフモでの音楽の素晴らしさ、生徒がどんどん変わっていくのが嬉しかったとか、 次回来ることがあったらレッスンをしましょう・・・など、熱心に語ってくれた。 ほどよく飲んでホテルへ帰る道すがら、クフモとは違う空の色に気がつく。それは久しぶりに見る夜空だった。 7.25 今日はStudent Concertに出演、3回目にして初めてこの地で演奏した。一人15分程度の演奏時間なので、僕はバッハの無伴奏から4曲とウチの奥さんと二人でヘンデ ル=ハルヴォルセン:パッサカリアを選んだ。どちらも人前で弾くのは初めてだし、ヘンデルにいたってはKuhmoに来てから練習を始めたけど、まずまずの 出来で満足だ。どんな小さな演奏会でも人前で弾くことはとても勉強になるし、終わった後の充実度は格別である。またここに聴きに来る人々がとても熱心で、 どんな小さな学生の演奏会でも足を運んで下さるし楽しんで聴いてるので、弾いていて客席からそれが伝わってきてとても励みになった。約10日間のミュー ジック・コースも今日で無事終了した。夜は10時15分からMozartのDivertimento K.563の演奏会を聴いた。チェロのM.Straussの存在感は凄い。彼がいるおかげでトリオとしてまとまっているし、上声でヴァイオリンが遊べる。 ヴィオラのM.Louieseという女性も本当に素晴らしい仕事ぶりだった。彼女のレッスンにヘンデルを持っていったら、いろんなアイディアを提供してく れて面白かった。 9年ぶりのクフモはやはり来て良かった。また来年も・・・と言いたいところだが、毎年この時期は難しいだろうなぁ。でも来たい。 7.21 Kuhmoに着いて一週間が経った。ここでは演奏会を聴くだけでなく、個人レッスンも受けている。僕の先生はC.Cerovsekという若くてバリバリ・ ソリストのViolinist。レッスンでは彼の発想が豊富で、どこからそんなアイディアが出てくるんだろうと感心してしまう。これまた音が綺麗なんだ。 隣で弾かれると自分の音が情けなく感じてしまうくらい。彼からもいろんなアドヴァイスをしてもらい、忘れていた物を思いだした気がした。 この数日で急に知り合いが増え、一緒に室内楽をやる機会もできた。今日は2つの曲の練習をし、世代、国籍を超えたコミュニケーションが取れて何となく嬉し い。英語が通じたりすると、国際人になった気がしてしまう。全く単純なもんだ。明日も夜8時から合わせだ。 他には相変わらず演奏会も朝から夜9時45分開始のものまで、いろいろ選んで通っている。朝11時からは教会でモーツァルトのQuartettや Quintettを演奏しているので、これに通うのは日課となっている。今まで印象に残っているのは、 Bogino,Laurenceau,Mendelssohn,Kimanen演奏するシューマン:ピアノ四重奏曲!最後で崩壊してしまったがこれぞ 『Kuhmo』というべき、熱のこもった熱い演奏だった。 それと若いPianist,JumppanenのLisztのソナタh-mollの集中力と完成度の高さも凄かったな。終わった後、誰も息ができないくらい静まり返っていた。 ここでの生活は、蚊の大軍の襲撃を喰らいながら(両足だけで15箇所刺された)、色々アドヴァイスや演奏会からヒントを貰いながら、自分ならではの道を見つけるためにじっくり考える毎日である。 7.16 Kuhmoには、無事14日夕方に着いた。Kajaani空港からKuhmoまでのタクシーにたまたま乗りあわせた福原君(ピアニスト)と知りあい、その 後彼とは毎晩飲みに行く仲となった。9年ぶりのクフモは、多少新しいお店が出来たもののほとんど変わりなく懐かしい感情が湧いてくる。昨日と今日でもうす でに7回の演奏会。ここは1つの演奏会が休憩なしの約1時間15分程度で、聴き手としてもちょうど聴きやすい長さなので、次の演奏会も立て続けに聴いても 疲れない。どれも印象に残るが、特にEndellion Quartettの演奏するシューマンとモーツァルト:「不協和音」、それにボギノ,Pianoのモーツァルト:K.304は久しぶりに聴いた別世界の音 楽。今年のテーマはフランス音楽とモーツァルト、シューマンだそうで、いろんなカルテット、トリオ、ソリスト達が取っ換え引っ換えそれらの曲を取り上げて 弾いてゆく。普段なかなか聴けない曲も沢山含まれているので、どの演奏会に行くか本当に迷っている。やっぱり来て良かった・・・。 7.13 只今フィンランド中。今日はコペンハーゲン経由で夕方ヘルシンキに着いた。明日からクフモ室内楽音楽祭の講習会を受けに行くため、今日一日ヘルシンキに滞 在し、明日再び飛行機でKajaaniまで、そこからタクシーでクフモへとかなりの長旅になる。フィンランドに来るのもじつに9年ぶり。ヘルシンキの街を 散歩し、レストランで食事をしたら、どの料理にも杉の葉っぱのような細くて濃い緑の香草がのっていて、とても懐かしい味がした。クフモの素晴らしさは一言 では言い尽くせないが、とにかく演奏会の数が多くてどれもが質が高い。かつてはクレーメル、ハーゲン・カルテットなども演奏していた。テツラフやツェート マイヤーを始めて聴いたのもクフモだった。 空気や水、自然の美しさ。あの感動をもう一度味わいたいけど、仕事をするようになってからは7月のこの時期は休みをとることはまず不可能だ。今回、ウィー ン留学中を利用してもう一度クフモに行くこと、これは是非とも実現させたい夢の一つだった。9年ぶりのクフモは、どんなんだろう。今朝からワクワクしてい る。 7.10 5日から7日まで奥さんを連れてケルン、ボン、アーヘン近郊に観光に行った。ケルンはあいにくの雨模様で肌寒い。有名な大聖堂を見て、近くにあるローマ・ ゲルマン博物館を見学した。その後、昼食を食べてからKyotoStr.という名前の通りまで歩く。ケルンと京都が姉妹都市として提携しているそうで、そ の記念に名前がついたようだ。といっても特別何かがあるって訳じゃなかった。 8日はボンにあるベートーヴェン・ハレ管の演奏会を聴く。物はたまたまベートーヴェンの8番3番。ボンに来たのは、ベートーヴェンの生まれた家を見学する ためでもあり、ここでベートーヴェンを聴けたのはラッキーだった。またこのオケには同級生の宇野さんがメンバーになっている。彼女に会うのは10年ぶり か。夕方彼女の運転でアーヘン近郊に住む、これまた同級生の長田しんちゃんちに向った。しんちゃん宅は、生後半年の男の子が出迎えてくれた。久しぶりに会 うとはいえ、僕以外みんなヴィオラ科の同級生だし、積もる話も尽きず、ホントに楽しい一時を過ごした。しんちゃんの旦那が作ってくれた夕食も美味しかっ た。 8日は再びボンに戻り、もう一度ベートーヴェン・ハウスやミュンスター教会の周りを散歩。そしてボンで亡くなったシューマンの最後の家も見学した。シュー マンは晩年、精神病を患い、ライン川に入水自殺を図ったりもしたくらい重い病状だったのか、療養先のサナトリウムでそのまま息を引き取ったのだろう。ライ ン川が近くに流れ、もともとはサナトリウムで現在は図書館、資料館として開放されているその建物の2階の1部分がシューマンの記念館となっている。シュー マンのみならず、クララ、ブラームス、ヨアヒムなど当時の重要な人物も一緒に展示してあり興味深かった。特に当時の演奏会「シューマン・フェスティバル」 で演奏されたピアノ四重奏曲のメンバーがE.v.ドホナーニ,Pf.J.ヨアヒム,Vn.・・・・・とあったのは、とても身近な感じがして興奮した。家に 帰ってからさっそく晩年の作品、ヴァイオリン協奏曲を聴いた。 9日は念願のお好み焼きパーティー。Rさん宅で関西風お好み焼き、具は豚、イカ、エビ、シーフード・ ミックスなど。もちろんトン平焼きもやった。何年ぶりだろう、懐かしい味がする。かつお節とソースだけで、もうすでにヨダレジュルジュル状態。ネギや紅 しょうが、マヨネーズも用意してあるので、みんな大喜びでほとんど食べ尽くした。仕上げはもちろん焼きそばでした。 7.2 レッスンが無くなって夏休みになり気が緩んだのか、風邪をひいてしまう。2日はエマ・カークビーを聴きに行ったのに、並んだ末、手前5mで売り切れ、風邪気味の身体で散歩したのがいけなかった。その後2日間ほど寝込んだ。 6.30 今シーズン最後のOperは「カルメン」。バルツァが独特の声で妖麗なカルメンを演じていた。デビューしたての若いドン・ホセ(Gavin)は、出だし硬 かったけどどんどん調子を上げてきて、最後はいい感じ。さすがだね。ウィーン国立歌劇場デビューのミカエラ(Briban)も素晴らしい声の持ち主&はま り役。オケも前日とはまるで別物のような調子の良さで、今シーズン最後のオペラをしっかりと締めくくっていた。 6.29 ベルリンからウィーンに飛んでその日はOperでバレエ「白鳥の湖」をみた。バレエをちゃんと観るのは実は初めて。有名なこのバレエもテレビでチラッと観 た程度。みんなで一斉に踊る場面は、凄いねえ、圧倒される。ただ、ついついトロカデロ・バレエの映像とダブってしまい、「一人だけ男が混じってるんじゃな いか」と考えてしまうと、何故かニヤニヤしてしまう。やっぱりトロカデロを是非みたいと思った。 6.28 この日はベルリンの壁資料館やユダヤ博物館を見学。ベルリンの壁って、無くなったときは鮮明に覚えているけど出来た時のことは全くわからなかったので、 「何でこんなもんがあったんだろう」とずーと不思議に思っていた。それがこの資料館に行ってみて、初めて謎が解けた。当時の貴重な映像も残っていて、本当 に1夜にして造ってしまった、それによって離れ離れになってしまった人々がいた・・・そんな理解できない事が起こっていたんだと実感。ベルリンに行った甲 斐があった。 夜はDSO-Berlinの演奏会(このオケの音楽監督は、K.ナガノ)、コープマン指揮でハイドンのヴァイオリンとオルガンの協奏曲、M.ハイドン: ヴァイオリン協奏曲、モーツァルト:交響曲などが演奏された。コープマンは言わずと知れたオルガン奏者でもあり、長年アムステルダム・バロック管を指揮し ている、バロック界の大御所である。その彼がモダン・オケを振ったら一体どういう演奏をするのかとても興味があった。しかも独奏はこれまたバロックから超 現代までなんでもこなすツェートマイヤー!(彼の大ファンである僕は、彼に貰ったサインを楽器のケースに入れて大事にしている。)なんともまあ、マニアに はたまらないプログラムである。ピッチは現在のモダン・ピッチだったし楽器も普通の物だったが、奏法は開放弦を多用し、ヴィブラートを少し控えめにした感 じの、いわゆる古楽奏法を取り入れていた。モダン・オケがゲスト指揮者と短い練習の中で古楽奏法を取り入れるのは、そう簡単なことではない。なにしろ長い 音を持続するときに音を膨らませるなど、小さいときにヴァイオリンの先生から習った「やっちゃいけないこと」をしなければいけないし、慣れるまでに時間が かかるからだ。でも今回はそんな事を感じさせない演奏だったし、それよりもオケのメンバーが普段と違うことを楽しんでやっているように感じられた。ヴァイ オリンのE線の開放弦は少々耳についたのはしょうがないか。「あれをナチュラル・ガットで演奏できたらもっと気持ちいい響きがするんだろうな」と想像しな がら聴いた。今後、古楽の指揮者ともいろいろ演奏してみたい。 ツェートマイヤーはやはり天才。この3日間で聴いたヴァイオリニスト3人の中では別格。特にM.ハイドンの2,3楽章は良かったなあ。オケも指揮者もツェートマイヤーにどんどん引き込まれていったように感じた。 6.27 朝からベルリンの動物園に行く。やたらと広い。一体どこを歩いているのかもわからないが、気がついたらパンダの前に来ていた。11時にエサを与えるそう で、その時間を見計らって再度訪れるといたいた。ほとんど見物人もいない。これほど人気のないパンダも珍しい。Yanyanという名のパンダは、まず最初 にリンゴを2つ、そのあとプラムや洋梨などの甘い果物を食べ、丁寧にタネまで出していた。そして次に、並んでいる人参より先に手を(口を)出したのがパン だ。かつて耳にタコが出来るほど聞いた往年のギャグがここで見事に完成したのだった。 パンダは何食ってんだろうねえ・・・・ ま、ドイツ語じゃBrotなので関係ないのだが、笹だけではなく、ましてや一度は誰もが夢を見たそのシーンに目頭が熱くなる思いだった。今度はチーズ・バーガーを食べているところを見てみたいと思ったのは、俺だけだろうか・・・。 その夜はシュターツカペレ・ベルリンの演奏会、ミッコ・フランク指揮でシベリウスの5番などだ。この5番はなんかとりとめのないところもあるけど、大好き な曲だ。そしてこの若い巨匠は素晴らしい。普段は腰が悪いのか座って振っているが、ここぞというときに立ち上がって振る様はまさに巨匠。明快な棒捌き、プ レッシャーを与えない笑顔など、一日にして彼のファンになってしまった。オケは今年の1月にバレンボイム指揮でウィーンで聴いたばかりだが、印象は同じで 重心の低い音がする。ベルリン・フィルの方が明るく感じ、こちらはいぶし銀の輝きといったところか。前半はN.ズナイダーがソリストでモーツァルトの3 番。パッと見与太公のような立ち振る舞いに反感を感じる人もいるかも知れないが、音楽はアイディアもあるしやはりソリストとなるだけの器はある。彼には同 じコンセルの生徒としても盛大な拍手を送った。 6.26 今日から3泊4日でベルリン旅行。お目当てはベルリン・フィルの今シーズン最後の演奏会と、ベルリン・シュターツカペレ、ベルリン・ドイツ響の3つのコン サートである。まずベルリン・フィルは、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツに始まり、テツラフ独奏でベルク:協奏曲、休憩を挟んでベルク:「ルル」組曲、そ して最後が「こうもり」序曲という、変則的なプログラム。初めてベルリンに行ったし、ベルリン・フィルも何年ぶりか。本拠地で聴くベルリン・フィルは、期 待を裏切らないものだった。とても真面目に弾いているようには思えないのに、許容量の広さというか、絶えず余裕が感じられるし、イザとなったときの音圧に は圧倒される。今回はそのような場面があまりなかったけど、これがR.シュトラウスやマーラーといったオケオケしている曲だったら凄いんだろうなあ。凄い といえばやはりテツラフだ。見た目お坊ちゃん風に騙されていたが、とんでもない奇才だ。アイディアの宝庫に一度弾きだしたら止まらない集中力の高さ、そし て終わったと同時に普通のニイちゃんに変身する辺りが、もしかしたら変人かも、と思えてしまう。アンコールのバッハ:ソナタ2番から第3楽章も絶品だっ た。 終演後はカラヤン・アカデミーに留学中の鈴木康君とビールを飲みながら、ベルリン・フィルの様子を聴く。端から見てても感じるが、実際中で弾いていると相 当演奏しながら遊んでいるらしい。とにかくメンバーに「ウケる」ことが第1目標で、そうしながらいつの間にかまとまってくるとか。これも国民性か。日本 じゃ初日の練習にはほぼ仕上がった状態にするくらい準備をしているっていうのに。そりゃ、弾いてて楽しいだろうし、またそれが客席にも伝わるんだろうな。 6.25 学校でのクリスティアン先生の最後のレッスンがあった。去年の10月からここまで、今まで出来なかったバッハやベートーヴェン、ブラームスを中心とした作 品をこなし、レッスンはあっという間だった。この日は、先生十八番のベートーヴェンの4番、最後のレッスンだからかいつも以上に熱がこもっていた。「忘れ てしまわないように」何度も何度も弾かされ、身体に染み込んでいくようなレッスン。とても印象深いものだった。レッスン後は、この日ウィーンで室内楽演奏 会のあるまろさん(N響コンマス)も合流し、クリスティアン先生と食事を囲んだ。 そして夜は、まろさんの室内楽演奏会。メンバーはウィーン響の首席奏者にソリストとして活躍中の田中晶子さん。急遽ピアニストが変更になり、プログラムも 一部変更。そんな緊急事態にもかかわらず、とても盛り上り楽しいものだった。特に代役ピアニストが素晴らしかった。当然打ち上げに参加し、いろんな人と知 りあった。 6.22 20日はウィーン留学中のMaikoちゃんのリサイタルを聴いた。素晴らしいの一言。まだまだ自分は若いほうだと思っていたけど、世代の違いというか、ど んどん才能を持った若い人材が出てきているのを痛感した。自分が苦労しても出来ないようなことを、いとも簡単にやっているのだ。参りました。でも、その中 に凄くヒントが隠されていたような気がして、ウチに帰ってから試してみている。演奏会はやっぱり行くべきだ。 21日はOperで「フィデリオ」を聴いた。指揮はP.シュナイダー。今回もオケピットの真上だったので、舞台は身を乗り出しても半分ちょっとしか見えな い。幕が上がってすぐの場面、マルチェリーネのアイロンがけはいただけないな…などと思いながらも、楽しい2時間半だった。コンマスはホーネックで、フル 編成のオケ、有名な「レオノーレ」序曲第3番はさすがだね。ああいう場面になると途端に威力を発揮する。 今日は無性に「豚平焼き」食べたくなったので、作ってみた。「豚平焼き」、広島の方ならすぐ何だかお判りでしょう。広島に行ったらお好み焼きを食べに行くけど、まず「豚平焼き」をつまみながらビールを飲むのがたまらない。作り方はいたって簡単。 用意するもの・・・豚バラ肉、ネギ(青い部分)、卵2個、かつお節、ソース(やっぱりおたふくソースか)、フライパン1つ。 薄切りにした豚バラ肉に塩コショウで下味をつけ、熱したフライパンに軽く油を引き焼く。軽く焦げ目がついたところで、卵2個を空いたスペースに割り入れ、 軽くほぐしながらお好み焼きサイズに広げる。半熟状態の卵の上に、豚バラ肉を乗せさらに小口切りにした青ネギをどっさりのせる。そしてお好み焼きのように 卵を肉ごと裏返し両面焼く。さらに盛ったあとにかつお節をのせソースをかけて出来上がり。留学生の皆さん、是非試してみて下さい。懐かしい味がします。 6.18 17日(昨日)はHochschuleで学生(といっても10歳前後の子供たち)が弾くピアノ協奏曲を室内オケで伴奏をした。僕はそのオケのコンマスを務 めた。4人の生徒さんがハイドンとモーツァルトの協奏曲を見事に演奏。こんな若いのに、もう既に立派に完成されている。末恐ろしい才能である。それぞれ終 わったあとの嬉しそうな表情が特に印象に残った。 個人的には久しぶりの演奏会、しかも慣れないコンマスとして反省点が多い。血迷って音程ぐしゃぐしゃになったところあり、繰り返しを間違えたりも(幸いピ アノ・パートとユニゾンだったので被害は少なかった)。ま、終わってみると少しは成長したかなと思える部分もあったんだけどね、もうちょっと落ち着いて弾 けるようにならなければ。終演後はメンバーと打ち上げ。3時過ぎまでビール飲んでました。 今日はコンツェルトハウスでサイモン・ラトル指揮エンライントメント室内管の演奏会を聴いた。いわずと知れた古楽器のオケである。曲はハイドン:交響曲 67番と、ハルモニー・ミサの2曲。古楽器といえども、もう特別なオケという印象はない。それほど、自然と耳が慣れてしまっているのだ。良く考えるとラト ルの指揮を見るのは初めて。最初は「随分硬いなあ」と思ったが、徐々に慣れてくると、表情がとっても良く判るしオケに任せている部分が多くて、居心地が良 さそうな感じがした。後半のミサは合唱やソリストも加わって、かなりの盛り上り。合唱のメンバーがとっても嬉しそうに歌っているのを見て、こちらまで楽し くなった。演奏後はメンバーの相曽さんと奥様のアネット、他にリリコちゃんとゲオルク、ヴォルフラム達と夕食を食べて久しぶりの再会を祝った。 6.16 今日は昨日に続いてOper。演目は「ボエーム」。当日の立ち見券を買って天井桟敷から見た。昨日のワーグナーを見た後なので、展開が早いのなんの。知り あったばかりなのにもう愛の告白をしてつきあいだすなんて、さすがイタリアって感じだ。これが昨日だったらまだ自分の生い立ちを語っている程度だろう。歌 もみんな上手だし、オケの響きがあいかわらず素晴らしい。心理描写など場面場面でマッチする音、テレビだったら最高の効果音とも言える。ただ残念だったの は今回は拍手が異常に早い。まだ響きが残っているのに拍手をはじめる人が多かったのだ。中には「シーッ」と注意を促す人もいたが効果無し。特に最後のミミ が死んで悲しみの中、Operが終わるその最後の瞬間はもっと余韻を楽しみたかった。なんだろう、幕が閉じだしたら拍手をしなきゃいけないと思っているの だろうか?タイミングとはなかなか難しい。 前回12月に見たときもそうだったが、このオペラは心にストレートに訴えてくるので、涙無くては見られない。それに加えて演出なのか、歌手達の微妙な立ち位置やちょっとした仕草、表情にさらに揺さぶられてしまう。こらえるのはかなり難しいオペラだ。 6.15 ティーレマン指揮の「トリスタンとイゾルデ」、いや~凄かった!これほど客席が盛り上がっているのは初めてだ。今シーズン最高の布陣だから、演奏も素晴ら しく湧くのは当然。歌手陣も良かったけど、やっぱりティーレマンの指揮に尽きる。スコアを完全に把握しているし、無駄が無く的確な指示、弾き手の気持ちを くすぐるような棒捌きを見ていると、「世の中上には上がいるもんだ」と痛感する。オケがここまで本気になって弾いているのを見たのもあまり記憶に無い。前 奏曲から最後の「愛の死」まで、一貫して充実感の溢れる音が流れていた。カーテン・コールの際、オケからも指揮者に惜しみない拍手が送られていたのが印象 深かった。ホント良いものを聴いた。 6.14 12日はコンセルトヘボウ管、もともとティーレマンが振るはずだったのがキャンセルになり、L.ハーガー指揮に変更。そのせいか、キャンセル・チケットが 出回り、売り切れだったチケットも難なく手に入れることが出来た。プログラムは予定通りのもので、浄夜、死と変容、ティル他の色気たっぷりのプログラム だったが、演奏自体はもっと色気が欲しかったかも。オケ自体はなかなか艶っぽい音がしていたし、特に個人的ファンになった奏者もいて、魅力ある能力の高い オケである。しかし「これがもしティーレマンが振っていたら」とついつい思ってしまう。残念である。 13日はウィーン響で同じくコンツェルトハウスでの演奏会。指揮はジンマンで、アイヴス、ヤナーチェク「タラス・ブーリバ」、ブラームスの第2交響曲だっ た。ウィーン響は音が良いし、ウィーン・フィルとは違う味を確立している大好きなオケだ。ブラームスを聴いてて思ったのが、「彼ら(演奏者)が普段通り感 じて、普通に演奏することの自然さ」。なにも特別な音楽でないし、昔から慣れ親しんだ曲をいつも通り弾いている姿が羨ましかった。我々日本人が演歌を歌う ときに、ついついコブシが入ってしまうのと同じなのかも知れないが、染みついた伝統というのはそう簡単には失われないんだなあと痛感した。 今日14日はブーレーズ指揮のウィーン・フィル定期。バルトークの弦チェレが圧巻!この曲がこんなに楽しく、熱い音楽に聞こえたのは初めて。オケ自体のア ンサンブルはいろいろ破綻があるけど、ずれたまんま突き進む!その気合も良いし、血が騒いでいるのかなんか熱いだよね。4月にピッツバーグ響で聴いた同じ 曲とは思えないくらい、人間っぽく、色彩(色っぽいのか)豊かで、興奮した。こうなるとウィーン・フィルは本領を発揮するのか。ブーレーズが振ると、音が とっても奇麗に聞える。それでいて冷たいわけではないし、分離が良い。先日のエッシェンバッハ指揮と、まるっきり違う響きがしたのは驚きだ。 6.10 週末は目ぼしい演奏会もなく暇だったので、急に思いたってパリに1泊旅行、運良く飛行機もホテルも取れて、旅をしてきた。ふと思い出して連絡をとってみた ら、パリ在住の同級生のピアニスト本田君が時間の都合をつけてくれて、彼のおかげで美味しいものにはありつけるし、広いパリを効率良く案内して貰った。美 術館はどこにも行かなかったが、パリの町をとにかく歩いて歩いて足にタコが出来た。天気はあまり良くなく、明け方の雷雨、昼間も突然の雨にずぶ濡れ、雨上 がりは日本のような湿度にかなりやられたが、エッフェル塔からシャン・ド・マルス公園、コンコルド広場、シャンゼリゼ通り、モンマルトルの丘・・・などを ぶらつく。シャンゼリゼ通りではフランス国鉄の車両が展示してあり、しかも間近で見られたので鉄道マニアだった僕としてはこの上ない幸せ。美術館より鉄道 である。とにかく歩いて日曜日の最終便でウィーンに戻ってきた。 6.5 ブタの角煮を生まれて初めて作ってみた。スーパーで豚バラ肉を塊で買ってきて、煮ること約4時間。初めてにしては上出来すぎるくらいの出来栄えで思わず笑 いがでてしまう。肉の臭みもなく、生姜の香りが効いたそれは、とろけるように口の中で解れていくのだ。日本でもたまに角煮を食べるが、大抵途中で気持ち悪 くなることが多いのに、今回はそれも無し。一所に煮たゆで卵が、いい色に仕上がってこれもまたタマラナイ。今日の昼ご飯には醤油ラーメンに角煮とそのゆで 卵をのせ、海苔を添えて角煮ラーメンにした。全て食い尽くした。 6.3 1日の朝にウィーン・フィルを聴きに行く。チケットはないので、当日ホール前で余りチケットを探す。今回はかなり難航。20分待ってやっと手に入れた席 は、オルガンの真横、聴くだけのステージは何も見えない席だ。その日はエッシェンバッハが定期初登場で、ブルックナーの7番とヴェンゲロフ独奏のメンデル スゾーン。今回の演奏はヴェンゲロフの世界そのものといった感じ。メンデルスゾーンを聴いた、というよりは彼の個性がそれを上回っていたようだ。技術、表 現したいもの、それぞれさすが!と思わせるだけのものはある。会場もブラボーの嵐で、かなり盛り上がっていた。それにしても、ウィーン・フィルをバックに 名曲を弾くってのはどんな気持ちなんだろう。またウィーン・フィルがメンコンを伴奏するのも珍しいのではないか。昔レコーディングされたミルシテインのレ コードがあるけど、他には記憶がない。 メインのブルックナーは2日前にラジオでも聴いたが、その時よりテンポが速く感じられたのは気のせいかな。落ち着いた演奏で、フレーズの受け継ぎ方とかギ リギリまで引っ張る感じが、新鮮に感じた。Orgel-Barkonはオケの音がダイレクトに聞こえてくるので、かなり迫力がある。少々生音が強い時もあ るけど時差はそれほど感じず、バランスもよい。ムジークフェラインはいろんなところで聴いているが、最悪な席が無い珍しいホールだ。 早いものでこのウィーン日記も残すところ90日程となった。7.8月は夏休みに入るので、いろいろヨーロッパを回ってみようかなと思ってる。なかなか実行 するのは大変だが、とりあえず手始めに、今週末はパリに一泊二日で行くことにした。ホテルが高くてそれ以上は滞在できないが、約1日半をブラブラ観光して みるつもり。フランス語は全く判らんが、どうにかなるだろう。死にはしない。 | ||||||
2003年4月〜5月のウィーン日記
2003年04月27日
5.26
24&25日と続けて聴いたチューリヒ・トーンハレ管は、音の柔らかさに驚いた。ウィーンも柔らかいけど、それとは種類の違う柔らかさ。まず初日のベー トーヴェンの2番は、弦楽器の肌触りの優しい音に、ナチュラル・ホルンとナチュラル・トランペットの強い響きがマッチして面白い。さらに硬めの(木かな) バチで叩くティンパニが気持ち良いアクセントになって、音楽の要所を締めていた。大地の歌は夕暮れどきの1番眠い時に当たってしまい、起きているだけで必 死。記憶に無い。
翌日の朝11時からは「謝肉祭」序曲で目が覚め、ゴルトマルクのヴァイオリン協奏曲はジョシュア・ベル独奏。この曲、古典的な作風で、型通りのソナタ形式 やフーガなんかもあるけど、2楽章は美しいが、他の楽章は今一ぱっとしない。ベルが弾くんだから、他の曲が聴きたかった。後半はシューマン、と思っていた らベートーヴェンの7番が始まった。昨日と同じアプローチだが、今日の方がオケもかなりノッてる感じ。1・2楽章をアタッカでつなげて演奏するのは何か意 味があるのかな?デュトワも同じことを以前やっていた。アーティキュレーションをハッキリ出したり、スコアにかなりこだわってボウイングを付けた後が伺え る。バロック・オケじゃないのにこのこだわりよう。最近はヨーロッパ室内管やドイツ・カンマー・フィルなどの室内オケで、バロック風のアプローチを試みる のは当たり前になってきたが、フル・オケ、しかも伝統あるトーンハレ管が新たな表現を求めている時代になったのだ。先日のウィーン響でもナチュラル・ホル ンでベートーヴェンを吹いていたし、世の中どんどん変わっていっているのだ。
その日の夜は三度ムジークフェラインで、アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクスを聴いた。本家バロック・オケでメインはシューベルトの1番。その 前にトーマス・ハンプソン独奏のベートーヴェン、モーツァルト、シューベルトのアリアを5曲、1曲目はモーツァルトの『音楽の冗談』だったが、これが絶 品!アーノンクールがステージに登場したときから何となく芝居がかっていたが、案の定、コンマスとは嫌々握手するし、関係ないセカンドの女性やホルン奏者 とは嬉しそうに握手。ホルンは指揮台より客席側に客席に背を向けて2人座っている。途中のホルンが和声を壊す場面では、アーノンクールがハンカチを目に当 てて泣いてみたり、ヴァイオリンのカデンツァではコンマスとの無言の駆け引きが会場の爆笑をかっていた。それなのに、一度音楽が流れればモーツァルトが存 在している。
その後すべて聴き終わった後に残ったのは、見事にアーノンクールの世界。モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトとそれぞれの作風や音楽がきっちり描 き分けられていた。これだけ近接した時代の音楽を表現しきるアーノンクールって何者?この演奏会は一生忘れないと思う。 5.23 今週は立て続けに演奏会の他、友人の発表会(打ち上げ付き)や指揮科学生のための寄せ集めオケの手伝いなど、充実していた一週間。それに加えてラジオの放 送でもいくつか興味深い演奏があって忙しかった。特に良かったのがアルテミスQにカクシュカとエルベンが加わったブラームスの弦楽六重奏曲第2番。この組 み合わせを昨年12月にコンツェルトハウスで聴いているが、今回の放送はそれの前後に行われたケルンでのライブ録音。改めて聴いてみて、恐ろしいまでの完 成度と興奮度に以前の記憶がよみがえってきた。これは家宝になる。それともう一つ、フランクフルト放送響のシューマンの2番。指揮はウルフだったかな。颯 爽としたテンポで一気に聴かせた感じだが、見事にオケがはまっている。シューマンは弾いてるとついつい興奮してしまう物が多いが、2番は特にそう。それを ドイツのオケが弾くんだからねえ、やっぱり盛り上がっちゃうんだよねえ。この二つの演奏会を取っ換え引っ換え、毎日聴いている。 明日と明後日はチューリヒ・トーンハレ管とコンツェントゥス・ムジクス・ウィーンの演奏会を聴きに行く。曲はどれも好きなもの。トーンハレはベートーヴェンの2番や大地の歌、これまたシューマンの2番他、コンツェントゥスはシューベルトの1番他だ。 5.21 19日、急に思い立ってEnsemble Kontrapunkteの演奏会に行ってみた。当日券を買いに窓口に行ったら、ちょうど前の女性が来年のプログラムを片手に長々と何やら相談を続けてい て、そうこうしているうちに開演時刻になってしまった。後ろにも同様に当日券を買う人達が並んでいる。こっちの人達は交渉事も納得するまでトコトン話し合 うので、一度並んだ列はなかなか進まなくなる。(以前空港でも同じように列が出来てしまい、計ってみたらチェックインするだけで一人5分ほどかかってい た。)さすがにだんだんイライラしてきたところで、順番がまわってきて急いでチケットを買ってホールに滑り込んだ。間一髪セーフ、座ったと同時に開演。1 曲目はマルティヌーの「Wchec au Roi」、オーストリア初演だそうだ。語り手が何やらしゃべっていたが訳がわからず、それでも軽快な音楽が30分ちょっと続く楽しいものだった。そして次 が、ミヨー:「屋根の上の牛」、これが目当てで来た演奏会。たった今譜読みをしている曲だし、生じゃなかなか聴く機会が無い。独奏はウィーン・フィル・メ ンバーのJosef Hellでこのアンサンブルのコンマスでもある。かなりの難曲だし、バックの室内オケとのバランスも難しい。オケに消されるところもいくつかあったが、 ウィーン風の柔らかな演奏で新たな発見が沢山あった。客席からも盛んにブラボーと歓声がとんでいた。それと、やっぱり音が違うんだよねえ。ただ「きれい、 美しい音」と一言でいうが、それ以上に潤いのある、なんとも表現の仕様のない響き。日本できれいな音というとガラスの様な濁りのないピュアなイメージを持 つけど、それに何か特別な響きが加わっている。こんな音でオケを弾いてるんじゃ、ウィーン・フィルが独特のサウンドだというのもうなづける。なんなんだろ う、あの音は・・・・と、ずーと考えてしまう程惹きつけられる音色だった。 後半は再びマルティヌーに戻って左手ピアノのためのConcertinoとNonettだった。 5.18 5月に入ってしばらくは30℃を超える日もあったが、このところはさほど気温も上がらず気持ちの良い天気が続いている。今日は昨日に引き続きドレスデン・ シュターツカペレに行った。曲はメインは同じく幻想、前プロがウェーバーの序曲とシュトラウスの「死と変容」で、昨日の前プロは「ローエングリン」前奏曲 とリスト:前奏曲だった。印象は同じ、というかますます魅力感じるオケである。メンバーの年齢層もバランスよく、世代交代がうまくいっているようだ。どの パートをとっても穴が無いし、技術もさることながら世代差の演奏意欲が同じなので纏まったときのパワーは凄い。2日ともホントに楽しい演奏会を聴くことが 出来て幸せだ。そうそう、今日は「世界の小澤」がVIP席で演奏を覗いていた。 終演後は3月に入ったばかりのメンバー、島原さんと友人達数人で飲みに行った。彼女は以前N響のトラに何度か来てくれたあとドイツに留学していたとか。ド レスデンでヨーロッパ人以外が入団するのは初めてだそうで、当然日本人初の快挙である。短い間だったけど、いろいろ聴くことが出来て興味深かった。 5.17 17日は演奏会ダブル・ヘッダー!15:30からウィーン・フィル定期で「タンホイザー」序曲、ベルリオーズ:幻想交響曲他をゲルギエフ指揮でまず聴く。 相変わらずテンション高いねえ!ゲルギエフ。彼の指揮にウィーン・フィルも食らいついていくのが伝わってくる。あと幻想の2楽章がなにげにヴィーナリッ シュになってたのは、いかにも「らしい」演奏。これだけでも十分満足なのだが、その後同じムジークフェラインでドレスデン・シュターツカペレでメインは同 じく幻想。こちらはケント・ナガノ指揮。ウィーン・フィルも上手いと思ったけど、ドレスデンのほうがもっとテンションが高い。音圧も強いし、音も重い。ど ちらもオケの個性がでてて面白かったが、好みはドレスデンかな。表現がクリアというか、エッジが利いているというか。たまたまデジカメを持ってたので写真 を撮ってみたが、昼と夜の違いはあるとはいえ、とても同じホールでの写真には見えないほど、雰囲気が違う。 こちらはゲルギエフとウィーン・フィル。終演後。 ドレスデンの終演後、なんか雰囲気違う。 ウィーン・フィルの方が音が明るくて響きが沢山あるような感じ。それに比べてドレスデンはもっと実が詰ってる感じというのか。ま、こういう比較は所詮その 時の気分や体調、周りの雰囲気、見た目などなど当てになるものではないので、いちいち書いてもしょうがないのだが。ドレスデン、恐るべし!素晴らしいオケ であるのは確かだ。 5.16 これから3日間は演奏会漬け。まず16日、午前中にRSO-WienのGPを聴いて、夜はクリスティアン先生のハウス・コンツェルトがあった。プローベな しのぶっつけ本番で、モーツァルト:ピアノ四重奏曲第1番とドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲が演奏された。普段レッスンを受けている部屋がコンサートホー ルになり、15人程の知人、友人を招いてのコンサートは、暖かみに満ちて心が和むものだった。演奏が終わってから、しばらくの間ワインを飲みながらの立食 パーティになり気持ち良く飲んでいたら、「次はシューマン!」と僕が演奏に借りだされることに。実は当日朝に電話がかかってきて「何か弾いてもらうので楽 器を持ってくるように」とのお達しが先生からあり、何を弾かされるかも解らず、緊張して向ったのだった。酒が入っていたけど、案の定緊張して1/2楽章を 演奏。その後、モーツァルトのアリアやベートーヴェンのピアノ・トリオも弾き、夜も深まった1時過ぎ、クリスティアン先生が「一度音を出してみたい」とい うKienzl:ピアノ・トリオを初演。誰も知らず、その場で初めて渡された楽譜をピアニストのリチャードとチェリストのナオキ君、クリスティアン先生3 人が、ホントに素晴らしく曲にしてゆく。止まらないだけでも凄いことなのに、初めてとは思えないその演奏からは、彼らの音楽性が溢れでるようだった。(家 でやるのは難しいけど)身近な人達との交流をしながらの演奏会、こういうコンサートを日本でもやりたいと強く思った。 5.13 11日はモザイクQの演奏会。ここのカルテットを最初聴いたときは今一ぱっとしなかったのだが、前回のといい今回と、とても素晴らしい演奏だった。コン ツェルトハウス・シューベルトザールでのツィクルスは、全てハイドンとベートーヴェンのプログラムで、この日はベートーヴェンの2番と15番の間にハイド ンの83番がきた。モザイクは古楽器ではないが、全員ガット弦を使いモダンとバロックの中間をいくカルテットのようだ。ガット弦特有の細かいニュアンスが いたるところにちりばめられた演奏で、「こういう表現もあるのか!」と目から鱗が落ちる思いだった。また、その響きの溶け具合がなんとも言えないんだな。 じんわり身体の中から暖まってくるような演奏。今年最後のツィクルスを締めくくるにふさわしい曲と演奏でとっても満足して帰ってきた。 生ガットを鳴らしきるってのは、そうとうテクニックが必要だ。現代の弦はガットでもスティールが巻いてあったり、ナイロン弦やスティールそのものの弦もあ る。それらの弦の方が音量もでるし簡単に鳴るので、今では主流となっている。でもつい60年程前までは、まだまだ生ガットの時代だったのだ。クライスラー やハイフェッツ、エルマンなどなど、生ガットで弾いていた時代もあったはずだ。それでいてあれほどの音色、鳴らし方が出来るというのは、今から考えると相 当凄いことなんじゃないかと思う。楽できる部分は楽していいとは思うけど、難しさを知ったうえで楽するのか、知らずに楽してしまうのかは大きな違いなん じゃないか。と思うと、急に生ガットを張って弾きたくなってきた。 5.10 今日はSymphonikerの演奏会。M. Viotti指揮でウェーバー:「オイリアンテ」序曲、シベリウス:ヴァイオリン協奏曲、ブルックナー:1番だった。始まる前に事務所の人だろうか、舞台 に登場して「マエストロ・ヴィオッティは…」と何やら説明をしていたがサッパリ解らず。病気か?とも思ったが、その後何事もなく指揮者が登場して演奏が始 まった。初っぱなからオケは全開、快調に飛ばしてゆく。やっぱりこういった雰囲気でないと楽しめない。シベリウスはN.ズナイダーがソリスト。彼は去年の 3月にN響とツァグロツェク指揮でブラームスの協奏曲を一緒に演奏している。ステージに出てきただけで貫録充分、やはりソリストになった人は只者ではな い。難曲のシベリウスを彼の語り口で鮮やかに表現していた。鳴り止まない拍手に答えてアンコールを演奏。曲はクライスラーの、名前忘れました。去年の3月 も同じ曲・・・。 で、後半のブルックナーは、病人が振っている(と勝手に想像している)指揮者がやってるとは思えない、集中力の高さ。ブルックナーの気持ちは伝わるけどまだまだ無駄の多い曲なのに、ブルックナーの気持ち以上の演奏をしていたように感じた。ああいった演奏をして貰えれば、さぞかしブルックナーもあの世で喜んでいることだろう。シンフォニカー、恐るべし。 ところで、今日もStehplatzで聴いていたのだが、こっちの客はなんで演奏中に話すのかなあ。ソリストの知りあいなのかも知れないけど、ズナイダー が彼らしい歌い回しをするたんびに鼻で笑ったりそれについて小声で話してたり。気になる人は当然振り向いたり、覗き込んだりするのに、本人達はあまり気に しないらしい。こっちに来て少々のことではあまり気にしなくなったけど、真横で演奏中に話されるとさすがに気になる。 かといって先日、全く逆の事もあった。それはカメラータ・ザルツブルクがメンデルスゾーンの「エリア」を演奏したときのこと。大枚43オイロをはたいて3 階席2列目ど真ん中を手に入れ、さあ楽しもうと演奏が始まったら、目の前に座っていたオバサンが異常なくらいに神経質。誰かがちょっとしゃべったら後ろを 振り向くし、イスの軋む音でそっちを睨む、隣にいたおじさんがパンフレットを読もうとめくっただけで睨み、眼鏡をたたむ音でシー!っていう。僕の隣に座っ ていた御婦人は風邪気味らしく、演奏中鼻水を押さえるのに必死。それなのに、ティッシュ・ペーパーが擦れる音がしただけで後ろを振り向かれちゃ、もうどう しようもない。その辺一帯は身じろぎ一つ出来ないまま1時間ちょっとを過ごす羽目に。そのくせ、自分は咳をしたり、足を組み替えたりであまり気にしない。 咳込んだ際、先ほど睨まれた隣の男性が眼鏡の上からジッと覗いていたのが印象的だった。(僕は休憩後、いたたまれなくなって移動しました。)どちらにし ろ、ほどほどにしてもらいたいもんだ。 5.9 ここんところ更新が滞ってた。話題がないわけじゃないんだが…。 昨日は久しぶりにレッスン。現在ベートーヴェンの10番を復習ってる。レッスンも終わりホッとしたので、同門の生徒と久しぶりに外に呑みに行った。そこは アメリカン・パブとでもいうのかな、英語のメニューと多数のビールやウィスキーがあり、モニターにはアメリカ大リーグを放送している。お勧めはとりあえず ビールということで、大ジョッキを注文。フィッシュ&チップスをつまみながらお替わりのビールを追加。その後白ワインに乗り換えてからも最近の日本はどう だとか、音楽談義に花が咲き、なんやかんや6時間も居座って呑んでしまった。さすがに今日は二日酔いで休肝日です。 夜はウィーン弦楽四重奏団の演奏会に行く。ウィーン・フィル・コンマスのヒンク氏率いるQuartettだ。曲はモーツァルトのd-moll、ボロディン 2番、そして「アメリカ」の名曲プログラム。どれもいかにもウィーン風といった演奏で、お客さんの雰囲気もユッタリしている。古のウィーンはこんなんだっ たのだろうか。特にヴィオラの音が素晴らしくて聞きほれてしまった。 5.6 久しぶりのOper,出し物はドニゼッティの「ファヴォリーテ」・ルイージ指揮である。今年の2月にプレミエで今回が今シーズン最後の公演。ルイージもし ばらく見納めだと思い、出掛けていった。この演目はソリスト陣が豪華でウルマナやサバティーニが出演するはずだったのだが、そのサバティーニが病気で若い テノールが代役として出てきた。急な代役だったにも関わらずステージに上がりオペラを一曲歌いきる、これだけでも凄いことだ。聴いているこっちがついつい 応援したくなる。それなのにStehからはちょっと音を外しただけで笑うってのはどういうこと?確かにサバティーニ目当てで来た人にとっては残念だろう。 でもそこまであからさまに意思表示をする必要があるのだろうか。「引き受けた以上はプロなんだから、ミス無しは当然」という考えもあるが、一生懸命やって いる人の行為に対して笑うってのはちょっと残念な反応だと思った。 5.3 昨日は急遽、ウチでアスパラガス・パーティになった。メンバーはいつものCIAさん他友人2人(すべて女性)。こちらではシュパーゲルと呼ばれるアスパラ ガス、春の訪れとともに市場に並びだし、人々は旬のそれを楽しみにしているらしい。日本ではタケノコ、初鰹と似たような儀式だろうか。こちらのアスパラガ スは日本のスーパーで見るのと違ってとっても立派。特に白アスパラは直径3センチくらいは優にある。ナッシュマルクトで5Euro/1kg.の白と 7.5Euro/kgの緑を買い、塩茹でにしたた上にゆで卵のみじん切りをのせ、溶かしバターをかけて食べた。 この写真はその完成図。横にあるワインはCIZさん差し入れの「シュパーゲル・ワイン」という名のワインで、アスパラガス料理とピッタリ!どれもあっとい う間に平らげてしまい、先日のN響ウィーン公演の際に、ヴァイオリンの横山さんからいただいた日本酒に移行。「やっぱ日本酒だよね~、となるとつまみはウ ニ?」と冷凍保存してあったウニの瓶詰めを空け、日本酒も空になった。でさらに夜は深まり、恒例の怖い話で盛り上りながら、今回も明け方4時までのんでし まった。ちょっと反省。 今日はORF響の中島さん宅でハウス・コンサート。旦那さんがお父様のハープシコードで伴奏のもと、オリジナル楽器によるベートーヴェンのホルン・ソナタ や2つのホルンのためのDuo、またORFメンバーによる弦楽四重奏でシューマンの3番などが演奏された。終演後はみんなでワインを飲みながら歓談タイ ム。今回は自慢の豆腐ステーキを作って持っていったら、あっという間になくなってしまいとても嬉しい。「何故ヴァイオリン弾いてるの?コックになればよ かったのに」と現地の人に言われて、喜んでいいのやら・・・。たしかにウィーンの生活で料理の腕は格段に進歩している。帰国した際は宴会? 4.27 26日はコンツェルトハウスにてN響ウィーン公演。25日にメンバーはウィーン入り。数ヶ月ぶりの面々に会うまでは何となく緊張してたが、覚えていただい ててホッとする。その日はたまたまウィーン響の演奏会があり、メンバー10数人も聴きに来ていた。そして翌日の演奏会は、GPから聴いた。アルゲリッチの キャンセルで、急遽代役のL.フォークト。リハーサルも当然当日のみのため、時間が延長になってこっちとしてはありがたい。彼はまだ今年33歳になる若手 だが、Heimbachというところで毎年行われる室内楽フェスティバルの音楽監督でもあり、アルゲリッチの存在など関係なしに彼の世界をしっかり主張し てゆく(その室内楽フェスティバルのライヴCDがEMIから発売されている)。 (GP後のフォークトと堀さん、カデンツァの打ちあわせ?) で、本番。ベートーヴェンの1楽章途中にあるカデンツァで、おもむろに堀さんがピアノに近づき、Gの音を一発!その後何事もなくオケの間奏が続く・・・、 会場は一瞬何が起こったのか解らない空気が漂う。これは聞いた話によると、フォークト氏が「ベートーヴェンの書いた通りにどうしても再現したい、でも演奏 不可能な箇所なので手伝って欲しい」とのことだそうだ。客席では首をすくめる人もいたが、こっちはGPでも観ているので思わずニヤニヤしてしまう。 さて肝心のN響だが、「自分が所属しているオケを(しかもウィーンで)聴く」というのは どうも冷静に聴けない。なんか聞き手がおめでたい気分になってしまうのだ。最初の「ローマの謝肉祭」では、自分も弾きたい気持ちを抑えるのに大変だし、メ インの「展覧会」でもかつてデュトワとやった演奏を思い出したりしてどうもイカん。難しい箇所が解っているので、それを次から次へと見事にクリアしていく 様を見守るだけしか出来ない自分、なんとも落ち着かない演奏会であった。 (終演後のカーテンコール。) 4.24 ルクセンブルク・フィルの演奏会に突然思い立って行った。ムジークフェラインのStehplatzは、開場時はそれほどの人ではなかったので、「今日は楽 に聴けるな」と思っていたのだが、今日の立ち見連中はとにかくうるさいというか、演奏中にもかかわらず出入りするし、メモをとるためのボールペンを友人か ら借りる奴、静かなところでも平気で喋る…などマナーがなってない。俺の後ろも横も、演奏中話しだすので全く音楽に集中できなかった。おまけに客席でも ベートーヴェンの協奏曲を演奏中、具合の悪くなった人を運び出すという一幕もあった。悪いときは重なるものである。というわけで、良く解らないままホール を後にした。 4.23 今日はウィーンに来て初めて中央墓地に行った。ウィーンゆかりの音楽家達が眠っているそこに、一度くらい行ってもバチはあたるまいと、32a(墓地の番 地)へ向う。モーツァルトの記念碑を囲むようにして、ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、ヨハン・シュトラウスのお墓がきれいな花で飾られてい た。昨日ハイリゲンシュタットに行ったばかりだし、日本で室内楽作品の全曲演奏を目指している我々にとって、ベートーヴェンは特別な思いがある。彼のお墓 の前で写真を撮っていたらポツポツと雨が降りだし、雷も鳴ってきた(ウィーンに来て初めての雷だ)。ひとまず雨宿りをしにその場を離れ、雨が小降りになっ てから再びお墓に参拝。今度はちゃんと手も合わせることが出来てホッとし、帰ることにした。お墓の出口に差しかかったころ、今まで曇っていた空が急に晴れ 渡ってきた。これって、ベートーヴェンからあまり歓迎されていないことなのかも・・・とちょっと不安になったが、あまり深く考えないことにしよう。 帰り道、今度はシューベルトが死んだ家を訪ねる。ナッシュマルクトから歩いて5分ほどのとあるアパートの1室がシューベルト記念館になっている。昨日の ベートーヴェンの部屋もそうだったが大作曲家とはかけ離れた質素な部屋で、小さい部屋が3つと入り口のスペースのみ。彼の使っていたピアノの他に当時の絵 や、死亡診断書、彼が最後に書いた手紙などが展示されている。とっても整っていて丁寧に、きれいに書かれている筆跡からは、彼の几帳面な性格や繊細さが感 じられた。彼が亡くなったのはこちらも32歳。死期が迫っている中、どんな気持ちで最後の手紙を書いたのかと思うと、なんとも言えない気持ちになった。 4.22 今月2日にも行ってたハイリゲンシュタット。あまりにのどかな雰囲気が気に入り、もう一度行くことにした。今日はオーストリア放送響のリリコちゃんと飲み 仲間の千晶ちゃんも一緒。まず前回行ったにもかかわらず入れなかった「ベートーヴェンがハイリゲンシュタットの遺書を書いた家」を訪ねた。ベートーヴェン がこの有名な遺書を書いたのは32歳。ちょうど今の僕と同い年で、すでに音楽家として致命的な難聴を自覚しているのだ。でもそんな中、彼を支えたのはハイ リゲンシュタットの自然だった。ベートーヴェン・ガングと呼ばれる小川の辺の散歩コースを歩いてみると、まさしく田園交響曲そのものであることが実感でき る。また7番や第9などに出てくる有名な付点のリズムも、同じ様に鳴く鳥がいて、「彼はきっとあの鳥の鳴き声を覚えていたに違いない」と確信する。 ベートーヴェン愛用のピアノ それからカーレンベルクの丘に登り、ブドウ畑を通り抜けてグリンツィングまで歩いて降りてきた。普通ならそのままホイリゲへ!となるのだが、今日はそこを グッと我慢して町中に戻る。シュヴェーデン・プラッツからシュテファンスを目指そうとした時、たまたま通りがかったスペイン料理屋さんが気になり入ったら 大当たり!ワインもつまみの美味しかった。 4.20 只今世の中はイースター休み中。しかも日曜日なので街を出歩いても人通りが少なく、気持ちがよい。今日は歩いてブルクリングまで出て、自然史博物館を見 学。1階に展示してある爬虫類や昆虫、動物の剥製をみた。顕微鏡で小さな生物を覗くコーナーがあって、ボウフラとか訳の解らない毛虫、うジャウジャかた まったまま動き回る幼虫などはさすがに気持ち悪い。その後の寄生虫のコーナーも、「こんなのが身体の中にいるの?」と思うと、ゾッとするものばかりだ。そ れからも、貝類、ヘビ、蝶、鳥類、クジラや象の標本・・・・よくもここまで展示してあると感心し、ざっとみるだけども相当疲れた。パルテレには他の化石や 人類の進化などのコーナーがあるらしいが、疲れたのでカフェでお茶をして休憩することに・・・。 珈琲とホット・チョコを頼んで、いざお会計する時にレシートを見たら「ホット・チョコが2つ」になっていたので当然訂正してもらい(珈琲のほうが40セン ト安い)、10オイロ札を出したら15.5オイロのお釣りがきた!5オイロ札だけ貰ってお店を出たのだが、後になって「もしかしたら20オイロ札を出した のかも・・・」と心配になったけどもう後の祭り。それからしばらく、「いや、10オイロ札しか持ってなかったはず・・・・。1枚だけ20オイロ札あったっ け?・・・・」などと、気になって仕方ない。ウチに帰って出納帳を調べてみたら、計算は合っていたので向こうの勘違いだったのだが、40セントが原因でそ うとう悩む羽目になってしまった。まあ、えてしてこういうもんである。 4.19 今日はOperで「パルシファル」を聴く。ワーグナーを聴くのはこれで6作目。今回はGalerie Halbmitteを通り掛かりのチケット屋で買っておいたもの。元値25オイロのチケットに手数料が1枚につき10オイロと、かなりボロい商売である。 どうりですぐ売り切れるわけで、きっと買い占めしているに違いない。それでも舞台が良く見えて満足。ワーグナーを聴いて毎回思うのだが、あれだけの音楽、 歌、歌詞をずーと歌い続ける体力に脱帽する。相変わらずオケは良く鳴ってたし(指揮はP.シュナイダー)、舞台もシンプルながら心理描写を照明で上手く表 していたりで感動して帰ってきた。21日は再びワルキューレを聴きに行く。 4.14 9日、ヤンソンス指揮ピッツバーグ響を聴いた。今日もStehplatzだが、早めに行って並んだので運良く1列目を陣取った。曲はバルトーク:弦・チェ レとブルックナー:7番の2曲。アメリカのオケを聴くのは久しぶり。バルトークはちゃんと聴くのは初めてだったが、アンサンブルの素晴らしいこと。一糸乱 れぬってこういうことか。それとティンパニを叩いていた黒人のお兄ちゃんがノリノリで見てて気持ち良い。身体に染みついたリズム感で叩いているんだろう な。なんか羨ましい(彼は出番になるまでティンパニ横に置いてあるイスに座ってて、出番直前におもむろに楽器前のイスに移っていた)。後半のブルックナー ではやっと金管陣も参加。その金管は明るくて強力な音色、それをヤンソンスが上手くコントロールしてたように見えた。「アメリカのオケでブルック ナー?」って最初は思ってたけど、お見事、ちゃんとブルックナーしてました。個人的には2楽章の中盤から後半にかけてのジワジワ感がたまらなかった。「ほ んとにブルックナーが好きで弾いている」、そんなみんなの気持ちが伝わってきた気がする。アメリカのオケだろうと日本のオケだろうと、気持ちを込めて演奏 すれば伝わるはずだ。そうでなきゃ、一生懸命続けている我々は報われない。 10日はOperで「魔笛」。なんかとっても斬新な舞台で、白と黒の2色で表と裏の世界を表していた。また途中、ワニ親子や河馬、うし、カンガルー、ヒョ ウなどが登場、2幕のフィナーレではそれら動物が踊りだすという、なんとも愉快なエンディングだった。どんな斬新な演出でも、モーツァルトは違うね。チェ レスタでパパゲーノの持っている魔法のランプ?(名前忘れました)が光りだすところの音楽なんぞ、あれほどチャーミングで高貴な響きは誰にも真似できない だろう。 4.8 今日でアテネをあとにする。午前中、市場を眺めてからもう一度アクロポリスの麓を散歩し、空港に向った。4日間アテネの街を歩いてみて解ったことは、今は どこもかしこも来年のオリンピックのために工事だらけ。地面を掘り起こしてあったり、ビルを建てていたりでかなり埃っぽい。そして車・バイクが多くていた るところで渋滞している。人々は5秒として待ってられないらしく、すぐクラクションを鳴らすし、二重駐車も当たりまで、三重駐車すらあるくらいだ。街の中 心部の地下鉄駅構内はとてもきれいに整備されているが、人の流れを考えて出口を作ってないのでホームには人が溢れているし、午後12時頃で満員電車になる んだから地下鉄の本数が少なすぎる。来年までにはある程度整備されるんだろうけど、間に合うのかな?古代遺跡と近代化、共存するには問題が山積みだと思っ た。 街はうるさいし、人が多くて歩きにくいが、食べ物に関しては最高だ。サラダはただオリーブオイルと塩コショウだけで充分。タコ、エビ、イカ、貝類がふんだんに食べられるし、肉類も豊富で物価が安い。4日間、食事は最高の思い出となった。 4.7 アテネ3日目の今日は、アテネ博物館を見学。オットー一世が7年間宮殿として使ったお屋敷を改造して18世紀前後のアテネの風景画を沢山飾っている。当然 アクロポリスの絵もあり、円柱がすべて揃っているものや現在より少ないものなど、時代とともに壊されては修復し、また壊される・・・を繰り返しているのが わかった。なんとも悲しい運命の持ち主。それともこの古代神殿がすべて完成されたら巨大な力を持ってしまうのであろうか。良く解らない。 その後コロナキ広場を通ってリカヴィドスの丘を歩いて登る。かなり急斜面だったが、気持ち良い風に吹かれて一気に登った。頂上からはアテネ市内から対面にあるアクロポリス、ピレウス港まで見渡せる絶景。これは是非お奨めする。 夜は久しぶりに寿司を食べた。ウィーンよりネタの種類が豊富で新鮮。生のイカを食べたのは何ヶ月ぶりだろう。また酢飯の加減が丁度よかった。まだ飲み足り なかったので、幻想的な夜のアクロポリスを眺めながらギリシャレストランにハシゴする。ここでは鳥肉のスロバキ(ギリシャ風焼き鳥)とサラダ、ワインを飲 み、仕上げにウゾーを飲んで心地よく帰った。 4.6 宿泊先のホテルは修学旅行生の集団が泊まっていたらしく、賑やかを通り越してホントにうるさい。生徒達が近隣階の友人を訪ねるにもエレベーターを呼ぶので いつまでたっても来ないし、廊下でラジカセを鳴らすわ、朝の朝食会場も大変な騒ぎ。朝の一時をゆったりと過ごそうと思っていたのに、出鼻をくじかれてし まった。そして午前中、「無名戦士の墓」を訪れ衛兵の交代式を見る。要人が多数参列し一人ひとり献花をした。ここでもいろんなところから観光バスで乗りつ けた学生達がやたらとうるさい。人が並んでいる前に平気で割り込んでくるし、厳かな儀式のはずなのに彼らにとってはどうでもいいようだ。ま、その後ろでは 鳩にやるえエサを売っている大人もいるくらいだから、ギリシャとはこういうのが当たり前の国なんだろう。ロンドンの騎兵隊の交代式ではこんなことはなかっ たことだ。とにかくうるさくて気分が悪くなったので、すぐそばの国立庭園を散歩して大統領官邸の前に抜ける。ここでもたまたま衛兵交代をやっていたが、人 が少なく間近で見られてラッキー。その後美術館に行くつもりだったが、なんかゴミゴミしたところから抜け出したくなったので、ピレウス港に向かい船でエギ ラ島に向うことに予定を変更。港でジェットフォイルを待つ間、近くのカフェで遅めの昼食をとることにする。まるっきり英語は通じないが、かわいいお姉ちゃ んに「パスタが欲しい」と言ったら、解ったらしくしばらくして運ばれてきたのはやたら甘いチョコレートケーキだった。 エギナ島はジェットフォイルで約40分。船着き場のすぐそばにある食堂からは、タコやいか、エビを焼くいい匂いがしてくる。意識をしっかり持ってないと吸 い込まれてしまいそうな香りだが、夕飯を思いっきり食べるためにグッと我慢。アテネと違い、ここはこじんまりとして比較的静かな場所だ。あいにくの空模様 で途中から雨が降りだしたが、約2時間ほどブラブラと散歩して再びピレウスに戻る。 今宵の夕飯は昨日と同じレストランに二日続けて通う。2日でギリシャ風サラダ、トマトと弾力ブリブ リ・モッツァレラ(素晴らしかった)のバジル・ソース、タコのオリーブ漬け、エビ団子揚げ、ギリシャ版イカ飯(チーズ入りのリゾットがイカに詰められてい る)、えびのリゾット、エビや貝類がたっぷり入ったパスタ、サーモン・フィレのグリル等、ウィーンでは食べられない海鮮料理をたっぷりと食べた。しばらく 食べなくても、あと5ヶ月は持ちそうだ。 4.5 5日からアテネに来ている。たまたまレッスンも春休みになり、心置きなく休暇を楽しんでいる。ギリシャに来るのはもちろん初めて。来るまでギリシャがどこ にあるかも知らなかったほどだ。アテネは来年オリンピックが開催予定で、街中その準備であちらこちらが工事だらけ。空港から市内に入る幹線道路も突然3車 線になったり、1車線に減ったりと、急ピッチで工事を進めているのが良く分かる。昨日は午後3時頃ホテルにチェック・インして早速アクロポリスを目指す。 ゴミゴミした街をダラダラ歩いていると突然目の前に古代遺跡が現れ、その横では車やバイクがクラクションを鳴らしまくって通りすぎていくという、なんとも 不思議な街だ。 |
(アクロポリスから覗いた古代のコンサートホール)
2003年1月〜3月のウィーン日記
2003年01月27日
3.31 昨日今日とハンガリー(ブダペスト)に旅行に行ってきた。ウィーンから列車で3時間。あっという間だ。途中車内で、オーストリアとハンガリーのパスポー ト・コントロールが続けて来て、陸続きの異国を感じる。簡単なチェックとハンコを捺してもらい、国境を越えた。ブダペストはもちろん初めて訪れる地、とい うか、東ヨーロッパ自体が初めてだ。なんとなく怖いイメージがあったが、ホテルも快適だし街も観光客慣れしている。ブダペスト留学中のYさんの案内もあ り、何も不自由しなかった。ハンガリーは食べ物が美味い。初日はまず昼ご飯に、「春のフェスティバル」屋台でソーセージとグーラシュ、ビール等を食べる。 そうとうお腹一杯に食べて約500円だし、そうとうお得。その後、ドナウ川を渡り、漁夫の砦に登ったり、洞窟に入ったり、リスト音楽院を覗いたりして、夕 食後はメインの夜景。シンプルだけどなかなか見ごたえのあるもので、しばしぼう然と眺めていた。 |
2002年11月〜12月のウィーン日記
2002年11月27日
12.31 今夜はCさんちで年越し天麩羅パーティ。日本から来た蕎麦もあるので天麩羅蕎麦だ。ウィーンにいても日本の年越しを味わいたい。他にも炊き込みご飯や雪見鍋(豆腐と大根おろし、ネギのみのシンプルな鍋)を考えている。ではよいお年を・・・・。 12.29 今日はてっきり月曜日だと思い込んで、演奏会のチケットや買い物を済ませようと街に出掛けた。地下鉄はいつもの6両ではなく4両の「Kurzzug」、年 末だからかなと勝手に想像してOper周辺を歩いていても全ての店が閉店。当然チケットも替えず、歩いてナッシュマルクトに向かった。やはり全て閉店。 「月曜でこれじゃ、年越せないな」とまだ気付かぬまま、大晦日年越しパーティ企画中のCさんに電話。「なんにも買い物できないよ」「だって、今日は日曜 日」「えっ!!」ってなわけでとんだ勘違いでした。あ~、安心した。このままじゃ、食料品なしのまま年越しかと思ったくらいだから。でも今日は本当に気持 ちのいい晴天、いつもならまだ寝ていたい時間でも跳ね起きてしまうくらい気持ちのいい天気だったので、思わぬ散歩ができて嬉しい。 いつもなら夜10時まで練習をしてから夕飯になることが多いが、今日は空腹に負けて7時頃にすでに食べてしまったので、10時から飲みだした。先日友人が 持ってきてくれたイモ焼酎を飲みながら、シモーネ・ヤング指揮のブルックナー6番を一気に聴く。チケットが売り切れてて聴きに行けなかった演奏会のライヴ 放送だ。昨日もそうだけど、大曲をじっくり聴く時間があるのは幸せ。ヤングのブルックナーはオケがよく鳴っていて聞き応え充分、良い曲。昔弾いた記憶はあ るが、こんな良い曲だとは思わなかった。次回弾くときが楽しみ。 ヤングのブルックナーを聴きながら日本の雑誌を見ているとラーメン特集が載っている。あ、なんて残酷な!!身体に悪そうな脂ギトギトのラーメンが食べた いぃぃぃ。いけないと思いつつインスタントラーメンを手に取って眺めて、「具のないラーメンなんて・・・・」と聞き覚えのあるフレーズを口にしてから諦め る。今日は柿ピーで我慢しよう。 12.28 年の瀬か。例年なら「第9」を弾いて、連日何かにつけて口実を見つけては飲み会で気がついたら年末。テレビでは特番の嵐。今年も気持ちだけは年末なんだ が、することもなくテレビも見ないし、語学学校が無い分時間が沢山ある。でも気分は正月モードだから練習もそこそこになってしまう。 そんな中、毎日の楽しみはラジオ。日本製のラジオでは受信できるチャンネルが限られていて、もっぱらオーストリア第1放送ばかり聴いている。でもこれが ウィーン・フィルの生中継から、ベルリン・フィル、ロンドン・プロムスなど涎物のプログラムで攻めてくるので嬉しい。2,3日前はプロムスからメンデルス ゾーン:「エリア」/マズア指揮LPO、今日は過去のザルツブルク音楽祭からミトロプーロス指揮/メンデルスゾーン:「スコッチ」やR.シュトラウスの 「アルペン・シンフォニー」等・・・。それらをMDにダビングして夜のお酒のつまみとして聴いている。今聴いているのは「エリア」。この曲は去年のサヴァ リッシュを思い出すなあ。マズアの演奏も素晴らしいんだけど、去年のサントリーホール、サヴァリッシュは神がかっていたとしか思えない。彼によってすべて を心の奥底に強く叩き込まれた気がする。何が凄かったかって表現できないけど、《二度と忘れない演奏にさせられた》というのかな。気がついたら身体中に染 み渡っていた・・・・。「エリア」という1作品を一つの物語として、あれほど完成された棒、音楽で演奏できたのは本当に幸せだったと思う。 とまあ、こんなことを感じながら一気に「エリア」を全曲聴けてしまうのも、ヨーロッパならでは。 12.26 世の中クリスマスモード一色である。どこもかしこも電飾で飾られて奇麗だ。語学学校で知りあった台湾人が「行くべきだ」と言ってたので21日の夜、ウィー ンのラートハウス前にあるクリスマス市場に行ってみた。寒い中を大勢の人が集まっている。洋風の縁日のよう。ただ日本と違って大人が楽しんでいる。温かい ワインを片手にずーと楽しそうにしている。 23~25日はドイツにいる妹の誘いもあって、ミュンヘンで過ごした。23日はバイエルン州立歌劇場で「トスカ」を見る。舞台の半分が見えなくて一体何が 起こっているのかさっぱりわからなかったが、オケは上手かった。ウィーンと違って重心が低い響きがする。来月早速ウィーンで同じ「トスカ」を聴くので聴き 比べが楽しみ。 そして24日のイヴ。日本の色気づいたイヴと違い、生活と密接した行事のように感じる。一斉に買い物を済ませると、家族が揃って祝う。日本でいう正月のよ うだ。店もその後数日は閉まるし。その日はバイエルン料理を作って、プレゼントを交換して、それから遅くまでワイン、ウィスキーとゆっくり飲んでクリスマ スを祝った。こんなにのんびりできたクリスマスは始めて、そしてヨーロッパでクリスマスを過ごすのはもう二度とないかもしれない。貴重な経験だった。 25日、夕方の列車でウィーンに戻る。スキー板を担いだ人が多い。どうやらザルツブルクでスキーをするらしい。他にも子供の集団が思い思いにゲームを始め てうるさい。「それもザルツまでの辛抱」と思ってたら突然列車が止まった。アナウンスの内容は解らなかったが、周りの人達が「壊れた、壊れた」「1時 間・・・」と言っていたので列車故障で、動けるようになるまでに1時間はかかるらしい。30分が経ったころ再びアナウンスがあり、乗り換えるよう指示がで た。そこで線路に下ろされ向かいのホームによじ登る。しばらくしてチューリヒ発の列車が臨時停車、それに乗り換えウィーンに45分ほど遅れて到着した。こ のようなハプニングは異国の地ではかなり焦る。無事が何よりだった。 乗り換えた列車の標示 12.20 今日で語学学校も来年まで一休み。ドイツ語は何から何まで面倒だ。男性名詞、女性名詞等のほかに DativだAkkuzativだなんだかんだと覚えなきゃいけない物が多すぎる。やっと一つ覚えたと思っても翌日にはまた似たような物が新しく出現するので、反応の鈍い頭には相当こたえる。それも来月まで2週間以上の休みだ。やれやれ。 今日は夜久しぶりにオペラに行った。出し物は「ラ・ボエーム」。普段からオペラをほとんど見ていないので、恥ずかしながら僕にとって初めてのプッチーニ。 が、当日のパンフレットであらすじに目を通しただけでも、充分楽しめた。先日ワーグナーでは一つの出来事が終わるまでに15分とか20分とかかかるのに、 今日は展開が早い。喜劇あり悲劇ありで、音楽ともにそのメリハリの鮮やかなこと。オペラに嵌まる気が良く解る。終幕は涙なしでは見られない。けど途中、吉 本新喜劇を一瞬思い出したのは不謹慎か。 12.17 先日15日、同じウィーンに留学中のQ.アルモニコのメンバーが呑みに来た。大勢集まるとやはり日頃食べられないものをということで、再び鍋!!!その日 は日曜なので前日にナッシュマルクトへ買い出し。「スキヤキ」とカタカナで書いてあるお肉屋さんで牛と豚肉の薄切りを買い、白菜、もやし、ホウレンソウ、 青ネギ、洋ネギ、大根などをどっさり買い込んでおいた。当日下ごしらえをしていたら突然の停電にあい、一時はどうなるかと思ったけど(ロウソクの火だけ じゃちょっとさすがに食べられない、闇鍋にすればよかったかな)30分ほどで復旧。夕方過ぎから続々と集まりだし、鍋以外にももやしとホウレンソウの炒め もの、おつまみキムチ、浅漬け、だし巻き玉子等あるもの総動員して楽しい宴となった。当然仕上げは雑炊。肉だけで1キロはあったし、もやしとホウレンソウ も1キロ、大根は1本、白菜も3/4、雑炊はスープも残らず全て食い尽くして帰っていった。恐るべしアルモニコ。みんなで写真を撮ろうと思って用意してい たのに、忘れて何も撮らずじまい。せめて鍋の写真だけでも撮ればよかった・・・・。 しこたま飲んだ翌朝、起きてみると一面真っ白の雪景色。街もクリスマスに向けて盛り上がってきた。 12.14 昨日は昼間、ウィーン・フィルの公開GPに行った。指揮はバレンボイムで、弾き振りをしてのベートーヴェンの第3協奏曲、休憩を挟んでシェーンベルク:管弦楽のための5つの小品とワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲と愛の死」。 生バレンボイムを聴くのは実は初めて。しかもピアノのついでに聴けるのでお得感が増す。だが、協奏曲はソロを聴くよりもついついオケの音と彼の指揮に目が 行ってしまう。彼が振ると内声が充実するように思う。気のせいかもしれないが、彼のピアノもオケとおんなじ音がするので、彼の好みのサウンドなんだろう。 で協奏曲を通した後も数箇所、摘んでいた。木管の音程が気になるらしく、ゆっくり音程合わせをしていた。「ウィーン・フィル相手にそんなことするなんて、 なんて大胆な!!」と、つい思ってしまう。 休憩後のシェーンベルクもワーグナーもほとんど通しただけ。ワーグナーではホルンが響きまくり。ホルンは上手側に横一列に並んでいて、ステージ後ろ両端に ある凹み(ポディウム席があるところ)で反響してからホールに届いてくるので恐ろしいくらい響き渡ってくる。ホント巧く出来たホールだ(オケがホールの扱 いを知っているとも言える)。それと、バレンボイムは弦楽器のトレモロを「速く細かくではなく、ゆっくりバラバラに刻んで欲しい」様なことをジェスチャー していた。 12.12 毎日とっても寒いっス。昨夜、シュテファンス・ドーム付近を歩いたときは寒いを通り越して痛かった。体感温度は-10℃近かったんじゃなかろうか。実際-7~8℃が最低気温の日々が続いている。 そんな中、演奏会三昧。モザイクQを聴いた翌8日はハーゲンQに行った。相変わらずの精度の良さに驚かされる。でもやっぱり良かったのは後半演奏されたモーツァルト:クラリネット五重奏曲。涙が出るくらい美しいかった第2楽章は一生忘れられないだろう。 そして9日はアルテミスQにアルバン・ベルクQのヴィオラとチェロが加わっての弦楽六重奏演奏会。メインはブラームスの2番だった。アルテミスQはまだ若 いカルテットだけど、技術の確かさに熱気のこもった演奏が加わってこれも素晴らしい演奏会だった。客席からも盛んにブラボーが飛んでいた。 昨日はバレンボイム指揮ウィーン・フィルのリハーサルを覗く。やっぱりムジークフェラインは良い響きがするねえ。あんなホールで練習できるなんて羨まし い。バレンボイムが弾き振りしてのベートーヴェンの3番は、まず最初の弦の響きにビックリ!!そしてバレンボイムの楽々とベートーヴェンを弾いていること にも驚いてしまう。棒はけっして上手に見えないんだけど、オケの扱いには慣れているように見える。内声部のキザミをかなり充実させるとことか、「あんなに 弾けたら気持ちいいだろうなあ」とついつい自分が弾いているつもりになってしまう。そしてメインであるワーグナーの「トリスタン」からいつもの「前奏曲と 愛の死」は、言うに及ばず。明日の演奏会(公開GP)が楽しみだ。 12.7 今日は昼頃から雪がちらつきだし、車の屋根をうっすらと白く化粧した。雪を見るのはこの冬初めて。外にでてみたら、やっぱり寒い。それでも日本にいた頃はあまり見なかったので、雪が降るだけで何だかとてもワクワクする。 先週末から演奏会続き。まず4日にファビオ・ルイージ指揮ウィーン響で「幻想交響曲」を聴く。買った席がティンパニの真後ろ。打楽器が仕事をすると何も聞 こえなくなるのは参ったが、目の前で繰り広げられる職人技に思わず見とれてしまう。時に、シンバルのおっちゃんが面白かった。ただ「叩く」だけの作業の中 に、あんなに表現力があるとは・・・。普段はイスに座ってやる気なさそうに叩いているんだが、ここぞ!って時に出る音の素晴らしさはなんなんだろう。長年 のオケ生活で完全に曲を把握している感じがした。全体的にもルイージはとても良い指揮者だ。とても細かいニュアンスを丁寧に作っているのも解るし、アグ レッシヴなシーンでは相当強烈に音を求める。オーケストラも彼を気に入っているのか、打楽器セクションからも盛んにブラボーが飛んでいた。 そして翌5日はウィーン・アルティスQの演奏会。ウィーンに来て2回目。前回はシューマンが素晴らしかったが、今回は最初にやった「モーツァルト:プロシ ア王」がとても良かった。初めて聴くこの曲を、各パートが複雑に絡みながら技巧的にも難しいパッセージを鮮やかに決めていく様は見事。後半のドヴォルザー ク:弦楽五重奏曲は俺にとってはテンポが速くて落ち着いて聴いていられなかった。でも、あのテンポで弾ききってしまうのは相当テクニックがないと無理だろ うな。三谷幸喜似のファーストVnが僕はお気に入り。セカンドのマイスルさんはサービス精神おう盛で見ていて楽しいし、林家こぶ平似のヴィオラとの絡みも 面白い。終演後、楽屋にお邪魔してセカンドとこぶ平さんとは話しをしたが、お気に入りの三谷幸喜とは近くにいるにもかかわらず気後れして話せなかった。 もっと積極的にならねばと、後になってとても後悔。 今日は、コンツェルトハウスでモザイクQのベートーヴェン:4番&7番の間にハイドンの65番を聴いた。ハイドンの出だしはベートーベンの4番のそれとう り二つ。調性も同主調どうしのC-Durとc-mollだ。始まった瞬間、客席からかすかに笑いが漏れたのもうなずける。狙った選曲だろう。個人的には後 半の7番が雰囲気があって楽しめた。派手ではないものの、バロック奏法をうまく取り入れつつ味わい深い演奏。このカルテットはあと3回、全てベートーヴェ ンとハイドンの組み合わせで演奏会があり、ベートーヴェンは後期作品を取り上げてくれるので今からとても楽しみにしている。 12.3 昨日あたりからグッと冷え込んできた。今年は例年になく暖かい日が続いていたそうだが、これから本格的な冬にやっと入っていくのだろう。 先日の鍋パーティは適当に作ったにしては上々の出来栄え。鳥ガラと昆布で出汁をとり鳥もも肉をメインに、野菜をふんだんに入れた。値段の高い味ポンを買わ ずに、醤油、レモン、ライム、鰹出汁などで簡単なポン酢を作った。これも結構いけた。鳥の皮は唐揚げに、余った鰹出汁でだし巻き玉子、臭いの気になる豆腐 は豆腐ステーキにして誤魔化し、鍋の仕上げは当然雑炊。玉子を割り入れてから2分ほど、残ったスープを御飯に全部吸わせるように蒸らす。最後はスープごと 全部平らげた。やはり日本人、日本食を食べるととても落ち着いた気分になる。いろいろ話も盛り上がり名残惜しかったが、終電があるので急いで駅に向かい駅 で待っていた最終電車に乗りこんだ。これで一安心、と思った瞬間、反対側の列車が動きだすのを見て自分が逆方向の列車に乗ったことに気がついた。が、もう 時すでに遅く乗った列車も動きだしてしまい、途中で降りてタクシーで帰る羽目になった。これだったらもうちょっと飲んでくればよかった・・・。 11.30 今日は久しぶりに空が晴れわたり、気持ちのいい一日。1週間ぶりじゃなかろうか。土曜日ということもあって、上の階から掃除機の音が聞こえてきた。いくら どんよりしたウィーンの天気に慣れているとはいえ、晴天は万国共通の気持ち良さなんだろう。僕も洗濯を終えて、昼過ぎにナッシュマルクトに向かう。明日、 知り合いの人宅で鍋パーティがあるのでそれの買い出しのためだ。ナッシュマルクトは、年末のアメ横を思わせるほどの人で真直ぐ歩けない。2m先のお店に行 くのも人を掻き分けてやっと辿りつく。またここには豆腐やもやし、【Original Shiitake】と書いた椎茸など鍋に欠かせない食材が揃っている。お金をかければ冷凍のおでん種セットや納豆、寿司ネタもあるくらいだ。一通り材料を 買い込み、さらに今日の夕飯用として豆腐と麻婆ジャンとかいう麻婆豆腐用のスパイスを買った。 家に帰ってきて豆腐を出したら何やら臭い。いわゆる酸っぱい臭い。とりあえず水にさらしてみたけどあまり効果無し。でもせっかくの麻婆豆腐気分を変えるの は難しいので、湯通し、さらにちょっと試食。多少は臭うが「ウィーンの豆腐だから」ということにして作ってみる。レシピは以前テレビで観た「陳健一の麻婆 豆腐」のメモを参考に適当にアレンジ。出来栄えは見た目は麻婆豆腐そのもの、味は牛挽肉の香りが強かったものの初めてにしては上出来。豆腐の匂いもスパイ スに上手く隠れている。久しぶりに御飯を炊いて、麻婆丼にして食べた。ドンブリにして2杯強をあっという間に平らげてしまった。今のところ、豆腐に中たっ た形跡は無し。多分大丈夫だろう。 11.29 先日レコード店に立ち寄ったところ、アバドの新しいDVDをたまたま見つけた。物は去年ベルリン・フィルとイタリアで行われたベートーヴェン・ツィクルス から2番と5番、もう一つは97年ウィーンでやはりベルリン・フィルとの「ドイツ・レクイエム」だ。日本ではまだ見たことが無かったので躊躇無く購入。い ましがたベートーヴェンを見終えたところだ。感想は、アバド、元気で良かった。そしてオケのノリの良さ。編成は12型で全て2管編成。普段よりかなり弦楽 器の数が減っているにもかかわらず、弦の鳴りは良さそう(録音だからね、本当は解らないけど)。でもティンパニがかなりイケイケ状態に見えたから、多分そ うとう鳴っているはず。で、推進力がまた凄い。普段のBPOより2割り増しって感じだ。ベルリンはこんなベートーヴェンをもうすでに演奏しているの か・・・・。 自らガン告白、そして激痩せして復帰、ベルリン・フィルとの末期は、元気なころのアバドを知っているだけに見るのも辛かった。でも今回DVDだけど、生き 生きと振っているアバドを見てホントに嬉しい。僕の青春時代(クサイ響きだな)、彼の演奏に出会わなかったら今こうしていないだろうと思う。このベートー ヴェン、どうやらシリーズ物になりそうで、いずれ全曲揃うと思われる。日本でも近々発売されるかもしれない。そうなれば、是非見て欲しい。 11.27 今朝は学校の授業料の払い込み、電話の支払い、そしてクリスマスにミュンヘンに遊びに行く切符を買いにと雑用に追われる。まず銀行で授業料の振り込み。先 日、学校のKassaに行って、「ここでカードで支払いたい」と言ってみたら、「バーコードで管理しているので銀行に行くように」との返事。仕方なく銀行 に向かったわけだ。振込用紙に「クレジットカード・・・」と書いてあるのでも、しかしたら銀行でもクレジットカードでの支払いが出来るのではと淡い期待を 持ちつつ窓口で尋ねると、やはりそこの銀行の口座を持っていなければ駄目で、やはり現金払いのみ。何故そこまでクレジットカード払いにこだわるかという と、キャッシュで機械から引き出すのと、カード払いだと1オイロあたりのレートがかなり違うからだ。今のところ最大で5円ほど違う計算になる。これは大き い。例えば1000オイロだったら日本円に換算して5000円の違い。これだけで10日間は楽に暮らせる(食費のみ)。 失意の中、今度は郵便局で電話の支払い。こちらも同様。額面が219.47オイロとなっているので220オイロを出して待っていたら、係の兄ちゃんが 「220.47よこせ」と言う。「はは~ん、きっと半端な小銭じゃなく1オイロをお釣りとして渡したいからそういうんだな。さっきから1オイロって言って るし」と勝手に想像し小銭を探すがあいにく0.43しかなく、お金がないと言うとすごく不満そうな顔をする。そして220オイロをそのまま持っていってし まうので、「え?お釣りは?」と身振り手振りで伝えると呆れたような顔で紙に書きながら、「手数料が1オイロ、足して220.47!!」と言ってきた。な るほど!!、さっきから解らなかった単語「Gefuhr」(本来ならウムラウト付きです、表示できないため省略)が「手数料」だったのだ。やっと相手の 言っていることが解ったので、残りのお金を支払って窓口を離れたら後ろには長蛇の列が出来ていた・・・。たった数分の出来事だが、とっても疲れた。でも、 一生忘れないだろうな。 そして駅での切符はあらかじめ紙に書いて持っていったこともあり、問題なく買えた。駅の窓口は外国人慣れしているので英語も通じるしとても親切。こっちが ドイツ語で一生懸命話しても英語で返ってくるけど、まあいいか。慣れない土地で初めてのことをするって、簡単なことでも大変です。 11.26 今朝8時過ぎにテレコムの人が来て、新しい住まいにもやっと電話がついた。工事の人は前の住まいの時にも来た人。向こうも覚えていてくれていた。一月前よ り多少ドイツ語で話せたのが嬉しい。向こうの言っていることも前回よりは解った。別れ際に「また次回も会いましょう」って言ってた。 これでまたメールやインターネットが楽しめる。つい最近までなくても不自由しなかったのに、あると便利で欠かせないものになってしまった。携帯電話然り。 この1週間、浦島太郎状態だったので早速プロレスの動きをチェック、それから日本の新聞サイト、シュターツ・オーパーの残席状況など、あっという間に時間 が経ってしまった。それからメールも大量に溜まっていた。といっても半分が広告だったが。 11.24 昨晩はアパートの大家さんが夕食に招待してくれた。旦那さんはイタリア人で料理好き、当然イタリア料理。といってもパスタやピザではなく、どれも初めての 料理だったけど美味しいワインとともにそれは素晴らしいディナーだった。サーモンの前菜(このソースも美味しかった)のあと、チーズや卵のつなぎを入れて 団子状にしたホウレンソウを焼いたものが出てきた。「草餅か?」と一瞬思ったけど、チーズの香りが心地よくイタリアンそのもの。作り方自体はそれほど難し そうではなかったけど、チーズの種類に秘訣があるらしく覚えきれなかった。そのあとは、牛ステーキ。数日前、大家さんと日本の牛肉は高いけど美味い・・・ などひとしきり盛り上がったのだが、こちらの牛肉も美味しいし、そして焼き加減が絶妙!!さらに、かかっているオニオンソースがまた素晴らしい。これも作 り方は簡単。タマネギを炒めて、そこにクリームと洋カラシ、塩・コショウだけだそうだ。どれもシンプルなんだけど、とっても豪華に見える。こんなに食べた のは久しぶり。もっと食べたかったけど身体が持たなかった。僕は、招待していただいたお礼のつもりで白玉団子ぜんざいを作って持っていったが、白玉の食感 が「チューインガムみたいだ」と言われてしまい、意外と不評。奥さんが好意的に食べてくれてのが嬉しかった。 もう一品のデザート、洋梨のコンポートを食べたあとコーヒーを飲みながらいろんな話しをした。こっちの人達は話し好きというか、ずーと喋っている。僕もぐ ちゃぐちゃのドイツ語交じり英語で話しをした。ただ、難しい話になってくると言いたいことは山ほどあるんだけど1割も伝えられるかどうか。しかもお酒が 入っているので余計頭が回らない。それでも本当に一生懸命聞いてくれるので嬉しい。一つ伝わった時に得られる達成感は、日本では味わえないことだ。 11.22 今日でウィーン生活ちょうど2ヶ月。依然ドイツ語は上達せず。実際話す機会がないってのはしょうがないか。先生とも新しい住まいの大家さんとも英語で話し てくれるので、毎日行っている語学学校だけではドイツ語はなかなか上達しないようだ。上達したのは料理の方。外食しても日本のようにとびきり美味しいもの に出会うことは少なく、どれも普通の家庭料理に毛の生えた程度(中には毛の抜けたようなのもある)。ならば、自分で作ったほうがよっぽどマシで安上がり。 昨日はカルボナーラ・キムチ・スパゲティ。ウィーンでこれを食べられるのはうちしかないだろう。レトルトだけど。と、こんなことを書いているとお腹が減っ てきた。今日作った出汁もあるのでうどんでも食べるか。 11.17 昨日はSAKURA Kammerorchesterの演奏会だった。会場はウィーンのヤマハホール。立ち見が出るほどの盛況ぶりで嬉しくなる。日本を離れて約2ヶ月ぶりの本 番で、とっても緊張するかと思っていたが意外と冷静に弾けた。弾いた感想として、もう少しホールが柔らかい響きだと、一曲目の武満「レクイエム」など心地 よく聞けたんじゃないだろうか。直接音が多いと音色の変化を楽しめない。また、チャイコフスキーも同様、狭い会場でやるにはもう少しダイナミクスの差を考 えて演奏すればよかったと思う。メンバーはみんな積極的に演奏するのでとってもいい刺激を受けた。それと、今回ソリストを務めた和久井冬麦ちゃん。まだ8 歳だそうだが、立派に演奏して拍手喝采を浴びていた。演奏するのが楽しくて仕方無いような感じで、ある意味羨ましく思った。末恐ろしい。 打ち上げは中華食べ放題、鱈腹食べて飲んで帰るのが惜しいほどだったけど、終電があるので仕方無く帰った。 昨日の疲れか、今日は一日ダラダラと過ごす。練習を始めても眠くて仕方無い。昼と夕方と2回、軽い睡眠をとった。疲れているときは休むに限ると勝手に思い込んで、あまり練習しなかった。 11.15 明日ウィーンのヤマハホールで行われる、SAKURAの練習があった。チャイコフスキーはずーと弾きっぱなしで疲れる。周りのメンバーは僕よりも当然若 く、若さ溢れてますって感じで30過ぎのオジさんんにとっては厳しい。でも、久しぶりの演奏会楽しみだ。ふ~、今日は朝から練習とレッスンと合わせでとっ ても疲れたので、ここまで。 11.14 SWR Sinfonieorchesterの演奏会があった日、StaatsoperではN響でもおなじみの準・メルクルがバレエを振っていた。終演のころ、た またまOperを通りがかったので彼を探したら、楽屋口を出たところでお客さんの一人であろうおばあさんと話しをしてた。おばあさんが帰ったあと、早速メ ルクルを呼び止めると覚えててくれた。12月や1月もオペラを振るとか、3月のN響ワーグナー「ジークフリート」、来年10月にN響で3つのプログラムを 振るなどいろいろ話をしたあと、「今度僕がオペラを見に来た時は一緒に御飯を食べに行きましょう」と約束して別れた。こっちだと指揮者でも誰でも気軽に話 かけられるのがとても良い。電車を待ってたら見ず知らずのおばあさんが話かけてくるし、食事をしてたら隣のテーブルのおじさんが話かけてくる。みんな話し 好き。こっちもドイツ語がもっと話せたら楽しいのに。 11.12 一昨日のツェートマイヤーがソリストの演奏会、本来はバーデン・バーデンとフライブルクのSWR交響楽団のもの。一曲目にイザイ:無伴奏ヴァイオリンのた めのバラード、オーケストラがチューニングを終えてステージ上に並んでいるなかに、一人ツェートマイヤーが現れ、おもむろに無伴奏を弾きだす。出だしの恐 ろしいほどの、会場の咳払い一つが気になるほどのppから楽器の限界を超えたffまで、鳥肌が立った。素晴らしいの一言。そしてホリガー(オーボエ奏者と して有名、本人の指揮による)ヴァイオリン協奏曲、これが長い。ゆうに45分はやってた。アイディアは面白いところもあるんだけど、何もそこまで長くなく ても良いんじゃないって感じ。ハッキリいって飽きた。休憩後はシューマン:ピアノ独奏による5つの初期の歌op.133、この曲のためだけにピアノ独奏者 がいるってのも普通じゃ考えられない。でも、演奏も良くていい曲だということがよーく伝わってきた。さすがシューマン。で、最後はそれをモティーフにした ホリガーの初期の歌?(多分)。これには合唱がつき、合唱がシューマンを歌っている裏でオケが不協和音を鳴らしたり、まるっきり違う旋律を延々と重ねたり して、それはそれで楽しめた。美しいものに汚いものを混ぜると、余計に美しいものがクローズアップされるのかな、無情に美しく感じてしまったのも確か。オ ケは高性能、優秀なオケだ。この演奏会、全体的には楽しめたけどヴァイオリン協奏曲は駄作だな。 さて、昨日はツィンマーマンとシフ、ツァハリアスのピアノ・トリオでベートーヴェン1,2&7番。弦の二人が目配せやらボウイングやらでコンタク トとりながら遊び過ぎ。楽しかったけど、ピアノだけがまじめに弾いているように見えて可笑しかった。僕が買ったチケットはPODIUMというステージ上の 後ろの席、だけど知らないでステージの前の方に座っていたらそこは本来Orchesterという席らしく値段も上。だけど誰も来なかったので、間近(演奏 者まで5mくらい)で演奏を聴くことが出来た。ラッキー。 11.9 今日から引っ越しを始めた。大体の荷物は運び終えて、あとはこまごましたものを残すだけ。大きなスーツケースに布団やらを詰め込んで3往復した。「これで 最後」と楽器とスーツケース、かばんを持って西駅から地下鉄に乗るとき、スリに遭った。たまたま先に地下鉄に乗りこんだ男性が乗り間違えたのか慌てており てきた時に、後ろにいた外国人風の2人連れがズボンの後ろポケットに入れている財布を抜き取ろうとしていた。スーパーの袋で手元を隠しながら・・・。瞬間 的に気がついてポケットを押さえたから何も盗られなかったけど、しばらくはドキドキしてた。こっちは見るからに旅行者風、しかもあまり治安の良くないとさ れる西駅での出来事だけに、ホント注意していないと大変な目にあるところだった。それとも、慌てておりてきた男性も仲間だったのかな?ドサクサ紛れ に・・・、話には聞いていたけど一瞬注意力がそがれる瞬間があるのは確か。皆さんも注意しましょう。 11.8 今日の午後、来週末ウィーンでやる演奏会のリハーサルがあった。ウィーンに来て初めてアンサンブルをする、楽しみなはずなのにそれ以上に緊張して練習会場 に向かった。そのアンサンブルはウィーン在住の日本人で構成されていて、20世紀の作品と邦人作品を取り上げることをモットーとしているそうだ。今回は武 満の「弦楽のためのレクイエム」を取り上げる。みんな気さくな感じですぐに気持ちもほぐれて一安心。メチャクチャ怖い人たちだらけだったらどうしようと密 かに不安だったのだ。 その後毎日のようにゴキブリほいほいを覗くものの敵も然る者、どうやら危険地帯を察知したらしい。一昨日は隣の部屋の住人がネズミを捕まえたと言ってい た。隣人宅に避難したようだ。時折それらしい物音はするものの、姿を現さない。今日、大家さんがネズミ駆除業者を連れて現れ、何か効果的な対策を施してく れるのかと期待してみていたら、出そうなところに簡単な道具を置いただけで帰っていった。「なんじゃ、そりゃ!!」ネズミ駆除の専門家なら、ネズミの好む 通り道とかプロしか解らない仕事をして欲しいものだ。それなら俺でもできんじゃないの?って思った。 と文句を言ってももう遅い。というのもやっと新居も見つかり、徐々に片付けだした。明日には荷物を運び出して、できればこの週末でなんとか終わらせたい。 今度の住まいは今のところから地下鉄に乗って一駅のところにある。スーツケースや段ボールで何往復すれば事は足りるのだろう?そんなわけで、引っ越し先に 電話がつくまではしばらく更新が途絶えるかもしれません。あしからず。 11.5 今朝も小さいの(昨日の兄弟か)が出没、いつもまにか隙間に入ってしまった。やっぱり想像したとおり。こっちも慣れてきているのが自分でも怖い。今までで 1番出没率の高いキッチン・シンクの下に設置した「ゴキブリほいほい」、先程確認したところ1センチほど動いていた。ということは、中に獲物が掛かっているか、上手く逃げられたかのどちらか。覗くのはちょっと厳しいので、もうしばらく様子を見る。 昨晩、大変なことが起こった。ここのところА線の調子が悪く、新しい弦に替えてみたりしたけどどうも良くない。「駒の位置かも」と ちょっと動かしてみたら、倒れて真っ二つに割れてしまった。とりあえず、アロン・アルファで付けて適当に立ててみたらそこそこの音は出た。が、さすがにこ のままって訳にも行かないので必要最低限のドイツ語を作り、頭の中で楽器屋に行ってからのシュミレーションをしてみる。ウィーンでは楽器屋には行かないで 済むよう、日本を出るときに弓の毛替え、1年分の替え弦、調整と済ませて来たのに、さっそく言葉の通じない異国の地でこのような事態になるとはまるで試さ れているかのようだ。何やら波乱含みの11月となりそう。 11.3 ついにミッキー捕獲!!久保さんに頼んで持ってきてもらった日本の偉大な発明品「ゴキブリほいほい」にねずみがかかりました。ガタガタ音がするなと思い設 置した場所を覗いたら、縦に置いたはずが横になって10センチほど移動している。もう鳥肌立ちました。とても覗き込むなんてできず、どうにかゴミ袋に入れ て外に捨てました。捨てに行く途中、ガサガサ動く振動が袋を通して伝わってくるのが生々しい。捨てた瞬間チューチュー鳴いてました。はぁ、やっぱり引っ越 しだ~。 今朝(上を書いたのは夜中)起きてふと足下を見ると、子ねずみ発見!!まだ世の中の恐ろしさも知らない感じで、こっちが見ているのも知 らずヨタヨタ歩いていた。かわいいことはかわいいんだが、所詮ねずみ、数ヶ月したらもう立派な大人となってその辺を荒らすとなると、温情をかけてもいられ ない。近くに「ゴキブリほいほい」を持っていって、軽く驚かしたら簡単に捕まった。 こんなに小さいと、数ミリの隙間からでも出てこられる。子供が一匹ってことはないので、まだまだ敵は多いようだ。この調子だと今晩も捕まるんではないだろうか。 11.2 とうとう11月になった。10月はあっという間だったな。語学学校を一月通って、初歩クラスの修了証をもらった。嬉しかった。 昨日はN響のティンパニ奏者、久保さんが1日だけウィーンにいらして、一緒にシュターツ・オーパーで「神々の黄昏」を聴いた。ストーリーも何にも知らずに 行ったけど、演出がまともだったせいかおぼろげながら意味が解ったのが嬉しい。座席の前に小さな字幕スーパーがあり、最初は英語で見ていたけど、せっかく ドイツ語で歌ってるのでドイツ語に切り替えて見ていた、見ていただけだが。オーケストラのみでよくやる「神々」抜粋で何度か弾いたことのある箇所と実際の 場面が初めて一緒になって、「なるほど!!」と感激、オペラに興味が湧いた。ここにいる間に、「指環」を全部見てみよう。オケは当然、ウィーン・フィル本 来の姿、シュターツ・オーパー管、指揮はアダム・フィッシャー。先日聴いたイヴァンと兄弟の指揮者だ。棒にはあまり感心しなかったけど、しきりに客席から ブラボーが飛んでいた。座席が1階平土間の前から7列目だったこともあり、オケの音がビンビン聞こえてくる。いろいろミスはあるけど、「いざっ!」って時 になると凄い音が響いてきてさすがウィーン・フィル!!長い演目も退屈せず最後まで楽しんで聴けた。幕間にピットを覗きに行ったら、フルートの譜面に 『1970,Stein・・・』『Karajan』と、配役と当時の歌手、演出とかが書いてあった。「あ~、シュタインがこれを振ったらすごいだろうな」 と想像するだけでワクワクする。一昔前までは、アバド、ムーティ、マゼール、シュタイン・・・・と、錚々たる指揮者陣が振っていた。今はほとんどそういう 機会が無いのが惜しい。 「神々」は再来年、N響がメルクルとやる予定。当然その時、僕はピットに入ることになる。1幕だけで約2時間、その後も1時間と1時間半近くで、こんな長い曲を弾くのかと思うと、まずは基礎体力から鍛えないと到底無理だな。恐れ入りました。 | ||||||
2002年10月〜12月のウィーン日記
2002年10月27日
10.30 昨日はコンツェルトハウスでイヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管の演奏会を聴く。曲はゴルトマルクの序曲とフバーイのヴァイオリン協奏 曲#3(Lendvai),チャイコフスキーの交響曲4番だ。前半の2曲は曲がつまらないのか、良く解らない。ソリストは凄いテクニックだったけど、やっ ぱり曲がつまらないと思った。残念、ほかの曲を聴いてみたい。まだ28歳くらいなのに、巨匠の風格を漂わせた人だった。チャイコフスキーはつい先日、 ウィーン・フィルで聴いたばっかり。オケのスタイルが違うとこうも違って聞こえるのかと痛感。ブダペストは何から何までハンガリー風、音を短くハッキリ弾 かせたり、独特のアクセントで強調したり。盛り上がり方も熱気を帯びてくるのが良く解る。でも本領発揮したのはアンコール。ハンガリー舞曲とルーマニア民 族舞曲は最高だった。あれだけ聴けただけでもラッキー。イヴァン・フィッシャーは何度かN響にも客演している。特に初共演のブラームスが僕にとっては1番 の思い出。あれほど、鳥肌がたったブラームスは初めてだった。それに入団したその日の演奏会だったしね。その後、エネスコや、マーラーの9番、ドヴォル ザークの7番とかいろいろ楽しかったな。今度はいつ来てくれるんだろう?また来て欲しい。 昨日もビールで程よく酔っぱらって布団に潜り込んだのに、4時過ぎに床下の音で目が覚める。以前より音が大きくなっている。このままだといつか床に穴が空きそうな勢いでかじっている。そのままいっこうに眠れず6時半頃、うっすら夜が明けだしたころに一眠りする。 もうかんべんならん、引っ越しを決意した。現在家捜し中・・・。 10.28 一昨日のねずみ騒動で劇的なサマータイムの終わりも見れずじまい、昨日は余った段ボールやセロテープ、カーペットを掃除するローラーのテープなど、とにか くあるものだけでキッチン下の穴を塞ぐ。これで駄目だったら引っ越しも考えなきゃ。またガムテープで簡易ねずみ取りも製作、設置完了。何も出ないに越した ことはないが、捕まるのも恨みがあるだけに嬉しい。何しろ、昨晩はちょっとした物音でも「ビクッ」とし、床下からカリカリ音が聞こえると目を覚まし、毛布 が顔に触っただけで「ねずみか!」と飛び起きる始末。ほんとノイローゼの入り口だ。もちろん夢にも出てくるので、朝起きて無事だったことを確認してから安 心して眠る。こんな生活を残り10ヶ月も続けると、ホント痩せちゃう。 今日は寒くかった。まだまだ序の口なんだろうけど、「お~、冬じゃ~」と感激してしまった。週明けだし、食料も底を突いてきたので買い 物に出た。パンにソーセージ、ヨーグルトやビール、小さなカーペット、テーブルタップなどを買い込んだ。スーパーのレジで何か言われても、何となく解るよ うになってきたのが嬉しい。お会計とかね。 サマータイムが終わると、ほんと暗くなるのが早い。 10.26 更新を4日も空けてしまった。24日はウィーン・アルティスQのモーツァルトやシューマン#1を聴き、「お~、今までで1番好きかも」って感動した翌日、 25日はコンツェルトハウスでハーゲンQのバッハ、バルトーク#4、ベートーヴェン#1では「なんじゃ、この驚異的な精密度は!」と驚き、改めてハーゲン の恐ろしさを知る。あまりに精密なので、バルトークは初めて聴いたけど、いろいろよく解ってとっても楽しいし、途中どこでどうなったか分解してしまった瞬 間が解ってしまうから恐ろしい。もう一度聴いてみたいカルテットだ。 今日はコンセルトヘボウを聴いてきた。シャイー指揮でストラヴィンスキーとベートーヴェンの7番。ホルンは2人だけど、それだけで威力十分!!弦も厚い響 きがしていた。管楽器は見たところ割と年代の高い人が揃ってるように見えたけど、みんな職人って感じで決めるところは決めるし、無駄がなくちゃんと仕事し てるって感じ。素晴らしいオケだ。 これを書いているとき、台所からガサガサ音がするので覗いてみたら、小さなネズミが出現。ウィーンはネズミいないって聞いてたのに・・・。ショック。 10.22 夜8時頃、インターネットが突然接続不能になって焦った。何度やっても認証に失敗する。今までと設定は何一つ変えていないので、きっとサーバのトラブルだ ろうと思い、2時間ぐらいしてからやったら成功した。最悪の場合は国際電話でインターネットかとも考えたけど、そうならずによかった。だけど、それ以来パ ソコンが突然ダイヤルを始めたり、設定以外のアクセス・ナンバーにかけたりするようになった。なんでや。訳が解らん。だれか知らないが、ウィーン人のお宅 にかかってしまった。 さて、ついに一月が経った。なにも祝杯は上げてない。夕飯も昨日の残りカレーだ。語学学校から戻ってきたら17:30過ぎ、「ちょうど一月前、この部屋に 入ったころかな」と思うと感慨深かった。「あの日はカーテンも何もなくて、とっても寒くて震えてたな。翌日布団とカーテン買ってきて、カーテンはホッチキ スで止めたっけ・・・」たった一月だけどいろいろ思い出す。 10.21 日本を離れてまもなくちょうど一月が経つ。早いか。最初はこれから先どうなるのかと思ったけど、何とかなりそうな気がしてきた。今日は、ナッシュマルクト に寄って、先日教わった親子丼を作ろうと日本酒を仕入れるはずが、そばにあった「ゴールデンカレー」の箱に手が伸びてしまい、ニンジンも買って夕飯はカ レーになってしまった。材料は全て揃っている。親子丼用の鳥もも肉、元は一体どんなに大きい鶏?ってくらいもも肉のくせにやたらデカイ。日本の鶏の3倍く らいあるんじゃないか。600gで2Euroちょっと。大丈夫か?タマネギを2個、ニンジン、じゃがいも、ズッキーニも入れて、かくし味は作り置きのニン ニク醤油。これは便利。ちょっと塩辛かったので牛乳を入れる。それでもまだ塩辛い。たまたま飲んでいたフルーツジュースの残りをチョロッと入れてみたらう まくいった。カレーを食べるのはいつ以来だろう。なんとも幸せな夕食だった。でも、ラッキョウがあれば最高なんだが・・・。 あ、先日のウィーン・フィル、ベートーヴェンの序曲「献堂式」は素晴らしかった。ずーと鳥肌状態。でもチャイコは期待しすぎたのか意外と普通だったな。ゲ ルギエフは直球勝負でオケを煽るんだけど、いまいちフル・パワーとはならなかった。オケも応えてたのは十分伝わってきたし。場所のせいもあるだろう。 10.18 今日はこっちに来て初めてピアノの先生のレッスンを受けた(もちろんヴァイオリンを弾いてだが)。曲はモーツァルトの5番。大学3年の時に試験で弾いて以 来のこの曲は、A-Durということもあって音域が高く非常に弾きにくい。少ない練習でレッスンに行ったらボロが出まくり。今までの悪いと思いながら見逃 してた癖を直さないといけない。改めてモーツァルトの難しさを感じる。1楽章で終わりかと思ったら3日後に2・3楽章を持ってくるようにと言われ慌てる。 今まで一度も弾いたことないので帰ってすぐさらいだした。こういうことも普段は無いので楽しい。ピアノの先生曰く「5曲全部やるといい」そうなので、うま く行けば譜読みくらいは全曲できそうだ。 そのレッスンの後、学生部に行って先日の試験結果を聞く。あれほどボロクソに言われていた(様な気がした)楽典は合格、ドイツ語は案の定不合格とでてたけ ど最終判定は合格。(もしかして試験官は、ワザと険しい顔をしながら俺のことを褒めて、ホントにドイツ語を理解しているか試していたのだろうか?)とにか くめでたい。学生証をもらったので間違いないと思う。なんかバタバタしているうちにというか、どさくさに紛れていつの間にか学生になってしまった。 |