2003年6月〜9月のウィーン日記










9.5 9月になって秋の気配を強く感じるようになった。朝晩は13になった日もあるので、もう窓を開けては寝られない。まだ日差しは明るいけど、曇りがだんだ ん増えてきて気がついたときには太陽は拝めなくなる、そうなったら冬だ。去年来たときに初めて飲んだSturmも街で見かけるようになり、1年経った実感 が湧いてくる。 今、これをウィーンの空港で書いている。昨晩はあまりよく眠れず1時間おきに目を覚まし、今朝も6時過ぎには起きてしまった。遠足前日と同じ心境だろう か?いや、違う気がする。それから最終片付けをはじめ、タクシーを予約し、楽器をとりだして弦を緩め、資源ごみを捨て・・・10時過ぎには全て完了。タク シーで11時に空港に着いた。ウィーンの空港は小さいので取り立てて見るものも余りなく、暇を持て余してしまう。今さら『お土産を』って感じでもないし。 ハンガリーのサラミとM.FREYの指環を買ってから、無事パスポート・コントロールを抜け、オーストリア国外に出た。あとは飛行機に乗れば、多分間違い なく日本に連れていってくれるはずだ。今午後1時って事は日本は既に夜8時。時差ボケをなるべくは約解消しなければいけない。昨夜は余り寝ていないので、 機内でぐっすり眠れることを期待しよう。

9.3 片付けも本格的になってきた。いらない食材や調味料類を捨てるのはかなり気が引けるので、友達に持っていってもらった。おかげでほぼ無駄なく使い切ること が出来た。日本から持ってきた衣類等日用品はものはどれも捨ててよいものばかりなので、ごみ箱に何度も通わなければいけない。その度になにか勿体ない気が してしまうのは貧乏性だからか。古着は街中に古着専門の回収箱があるので便利だ。リサイクルに関しては日本の数倍徹底している。 夜はCIAさん主催のお別れパーティ。10人ほど集まって3時過ぎまで飲んでいた。最後にみんなから心のこもったメッセージカードをもらった。このような 友人達に巡り合えたのは、ホントによかったと思う。ウィーンの皆さん、1年間、お世話になりました。またどこかでお会いしましょう。 ここでも生活もあと2日。早く日本に帰ってホッとしたいのが正直な気持ちだ。

9.2 昨晩遅くにクリスティアン先生から連絡があり、最後のレッスンを受けてきた。夏休み中、何を練習しようかずっと迷っていたが最後に挑戦してみようと一念発 起し、ブラームスの3番を譜読みしておいた。弾けば弾くほど難しいし、緊張してくる。レッスンではシカゴ響のメンバーが聴講に来ていて、こっちはさらに緊 張し、先生はサービス満点、気合入りまくりで2時間ぶっ通しの素晴らしいレッスンだった。やはりブラーム スは体力的にキツイ!基礎体力、集中力その他諸々、どれをとっても敵わない。「1年の締めくくり」とは余り思っていなかったが、最後に強烈なメッセージを 貰った気がする。これで先生の元、出来はともかくとしてブラームス全曲を見て貰えたことは、後々とても大切な財産になると思う。10年後か?

9.1 今日は、Operの開幕日。ティーレマン指揮で再び『トリスタン』を聴く。今回は奮発して116オイロの席を購入、舞台はよく見えるし、音は良いしで申し 分なし。演奏も「初日からこんなに充実してて良いのだろうか?」と心配になるくらい、休み明けとは思えない素晴らしい演奏だった。前奏曲が始まってしばら くしてから、懐かしい気持ちと、これで日本に戻る気持ちとが混じって複雑な気になった。明日も続けて『シモン・ボッカネグラ』を見るが、これがホントに最 後のOperである。

8.31 明日はとうとう9月、帰国が迫ってきた。これまで長い道のりだったように思う。『留学』というと聞こえは良いが実際は大変なことの方が多い。言葉は通じな いのは当然、物事一つこなすにも日本の数倍の気力、労力がいる。約1年、絶えず緊張しながら生活して、芯から安らいだ気持ちにはなれなかった。その代わり 演奏会や練習など日本では味わうことのできない時間も過ごせた。それもこれも、のこり数日の辛抱。毎日指折りカウントダウンをして過ごしている。

8.28 最近、寝つきが悪いというか、夜中何度か起きてしまう。ベッドのマットレスが身体に合わないせいもあると思うが、今朝も4時半頃に一度目が覚め、6時過ぎ にもう一度、結局7時過ぎには起きてしまった。目が覚める前は夢を見ている。大抵変な夢が多い。いつも書き留めておけば面白いだろうなとは思うが、起きた ときにすぐ忘れてしまうか、続きを見ようとして二度寝している間に忘れてしまうのどちらかだ。そういえば思い出した。一昨日の夜も金縛りにあい、声になら ない声を出しながら何となく状況を確認していたら、顔の前に置いていた自分の手と自分の感覚での手の場所がまるっきり違うことに気がつき、いくら目の前の 手を動かそうとしても、意識はそれより数十cm離れた違う空間に向っている変な感覚に見舞われた。ほどなくして元に戻ったので気にせず寝てしまったが、こ れって簡単な幽体離脱なのだろうか?高校生の時、夜寝ていると、『自分は今浮いているんじゃないか』と思う瞬間があり、そう思った途端『ドン』といった衝 撃とともにベッドに落とされることが何度もあった。浮いているのは2~30cm程度かな。気のせいではなく、確かに落とされ、ベッドが軋み、古い木造ア パートは窓ガラスまでその衝撃でガタガタ鳴っていたので間違いないと思う。皆さん、こんな経験はされたことあるでしょうか?

8.26 旅行会社から帰国のチケットについての案内がやっと来た。またオーストリア航空からも、チケット受け渡しについての電話があり、今日受取にいってきた。こ れでもう後はいよいよ帰るだけ、の心境になってくる。ちょっとづつ荷物をまとめ、送るものは箱に詰め、捨てるものは処分し・・・と細々とした面倒くさい作 業だ。ギリギリまで使うものはいつまでたっても片づかないので、結局前日になって慌てることになるのだろう。

8.25 2週間前までは、南からの直射日光でまるでサウナで練習しているかのような毎日だったが、ここにきてやっと日中も過ごしやすくなってきた。スイスに行って いる間の約1週間楽器を持たなかったので、再び身体を作り直す作業にとりかかっている。毎年夏は楽器を持たない時期を作るようにしていたが、練習を再開し て今回初めて腕、肩など筋肉痛になった。これも歳のせいか。3日目にしてやっと身体が戻ってきた感じ。音はまだ何か違う。腰を落ち着けてと行きたいところ だが、帰国が迫ってきているので浮き足立っているのも確かだ。昨夜は『無事に帰国して両手を挙げて大喜びしている』夢を見た。周りの友人達からは「日本に 帰りたくなくなったんじゃない」と言われるが、実際はやはり日本に帰りたい気持ちが強い。今月のカレンダーに帰国日までのカウント・ダウンを書き込んで、 指折り数えているほどだ。ウィーンでは同じ日本人留学生でも、僕より10歳くらい若い人達とは何かにつけて違いを感じる。言葉を覚えるのも早いし、ヨー ロッパの風土に上手く溶け込んで生活している。とにかく彼らはパワーに満ちあふれているのだ。それに比べて自分はというと、最初のうちは気持ちが勝ってい たが、半分を過ぎるころから「どうせあと半年だし・・・。あと3ヶ月だし・・・。もうすぐ帰るし・・・。」と、音楽以外のことに関して消極的になってき た。音楽については、1年しか無かった割にはできる限りのことをやった自信はあるけど、キツキツだったかもな。何だろう、上手く表現できないけど、ツアー で30分の間に美術館を駆け抜けるのと、一人ゆっくり見たい絵の前で立ち止まったり、途中Cafeでお茶をしたりしながら1日かけて見て回るのとの違いだ ろうか。 只今留学中の皆様、無駄な時間を十分味わって下さい。

8.21 アバド『復活』!20日の演奏会を聴き終えたときの感想はまさにそれ。やっぱりルツェルンまで聴きに来て良かった。頭の先から足小指の先まで鳥肌立った。 特別編成のルツェルン祝祭管は弦の編成が18-18-16-14-10、コンマスはコーリア・ブラッハー、セカンドはベルリン・フィルの有名なヒゲのお爺 ちゃん、それにクリストとファウスト、コンバスはウィーン・フィルのポッシュがそれぞれ首席。核になるメンバーがいて、それ以外はいろんなオケからの選 抜。主にマーラー室内管からが多かった。平均年齢はわりと若いと思う。他にもルーカス・ハーゲン、アンドレアス・シュミット、クレメンス・ハーゲンや吉野 直子さん、ナターリャ・グートマンもいた。オケの性能は、そりゃベルリンやウィーンと比べると・・・だが、十分世界に通用する。若手バリバリのメンバーに 囲まれて、アバドも若返ったように活き活きとして見えた。とても70歳とは思えない身体の切れ具合。 今日の演奏会は完全にアバドがオケを握っていたと思う。アバドから目が離せなくなるほど、惹きつけられ釘付けになった。彼のバトン・テクニックは派手じゃ ないし、パッと見わかりにくいけど、じーっと見ていると「なんか凄いんじゃない、これ」と思えてくる。変なプレッシャーも与えないし、テンポの微妙な動 き、変わり目、アインザッツなど、絶妙な捌き具合、とても演奏者に優しい棒だ(あくまで客席から見た感想)。終演後はアバドだけのカーテンコールで会場総 立ち状態、客席から花が投げ込まれ、オケが去ったあともアバドだけ呼び出されていた。僕も最後の最後まで拍手をし、しっかり彼の表情と余韻を身体に染み込 ませてホールをあとにした。

8.20 オケと指揮者の関係とはなんだろう。圧倒的なカリスマ性とバトン・テクニックでぐいぐい引っ張ってくれる指揮者だと、オケはその通り弾いていけば間違いは ないし楽だ。サヴァリッシュやチョン・ミュンフム、ゲルギエフなどはこっちの部類だろう。デュトワもフランス物になるとその度合いが増す。それに対してア バドは、先日のバッハを聴く限りではとてもぐいぐい引っ張っているようには感じられない。どちらかというとクスマウル率いるオケ・メンバーに任せている感 じだった。それなのに出てきた音楽は結局アバド以外の何者でもない。ただ真ん中に立って、チョコチョコっと指示を出す程度なのに。 練習中ではいろいろ指示を出していたのに本番で急に指揮者が振るのをやめてオケに任せた途端、良い音が鳴りだすことがよくある。この手では、バーンスタイ ンがウィーン・フィルで「バラの騎士」を振ったときにやはりワルツの部分では全く振らない、もしくは袖に下がってしまった、等の逸話が有名だ。スヴェト ラーノフも目を瞑ってただジッと立っているだけ、それを見たときは何故か俄然やる気満々になってしまった。こういうのって、オケの自発性と音楽性に完全に 任されるわけで、余程オケを信用できないと(ただでさえ思い通りにしたい)指揮者は怖くて振れないだろうし、オケも自発性や音楽的要素が欠けていたらどう しようもないことになる。もしかしたらアバドの棒は究極の形なのかも知れないなと、思った。 それに加えていろんな演奏会を聴いてみると、演奏家達の自発性の高さ、それを裏で支える音楽的引出しの多さに感嘆する。これは自分にとって、学ばなければいけない点であり今後の課題だ。

8.19 20日の演奏会まで2日間あるので、ルツェルンを離れベルンとチューリヒにそれぞれ1泊づつしている。昨日は昼過ぎにベルンのホテルに着いてから、歩いて 市街を観光。バラの庭園、熊公園、時計塔、監獄塔などブラブラしていると次々に現れるので、あっという間に市街見物ができてしまう。ザルツと同規模の大き さだろうか。この日はあいにくの月曜日で、美術館や博物館はどれもお休みだから、見るものもなくひたすら散歩して過ごした。昼は監獄塔の側にあるイタリア ン(いくつもお店が並んでいる中の一軒)でパスタを食べた。一口食べて思い出したのが、ドイツやスイスでパスタを食べると大抵茹で過ぎになっているのでや めたほうがいいということ。ここも同様、味はいいけどかなり柔らかく、九州のうどんのようだった。夜は折角なのでスイス料理をと、同じ並びにある別の店に 入る。いろいろメニューを眺めていたらローストビーフに目が止まり、これを注文。薄くスライスしたローストビーフが重なるように大皿に盛りつけられて、さ らにポテトフライがかぶさるように付いてくる。タルタルソースもちょうどいい。これは当りだった。
今日は11時前の列車でチューリヒに向った。チューリヒは6年ぶり、N響に入団した翌月のヨーロッ パ・ツアーで2日間滞在して以来だ。その時は、慣れないツアーに海外ということでアジア料理が懐かしくなり、窪田さんと酒井さんと3人で中華に行って食べ まくったのを覚えている。しかし紹興酒をボトルで頼んだりした報いは恐ろしく、一人約1万2千円だった。スイスは食費が恐ろしく高いのだ。軽く食べるにし ても2千円は最低かかる。今日も昼食はセルフサービスの中華で1品頼んで飲み物をつけて約1900円。オーストリアがいかに素晴らしい国か、言わずもがな である。 昼食後は、最近必ず行きたくなる動物園に向う。美術館はともかく、博物館、資料館等は言葉が判らないと面白くない物が多いが、動物園はその必要がない。た だジッとしているペンギンや、やたらと愛想のいいラマなどを眺めているだけで心が癒される。ヨーロッパの動物園は日本と比べて規模が大きいのは仕方ないと しても、それぞれの動物がとても近くに感じる。オウムやカモなどは飛べるのに檻に入っていないし、放し飼い同然の孔雀親子は、こっちがビールを飲んでいる 間も足下をすり抜けていく。一体ここの動物園はどうなっているんだ。そのうちライオンとかも出てくるんではと心配になるくらい、人と動物の垣根が低い。も しかしたら動物の方が、集まってくる人間を観察しているのかも知れない。 結局閉門時間ギリギリまで動物園にいて、それから街に戻り、チューリヒ湖、トーンハレなどを歩いて周ってきた。今日宿泊のホテルは久しぶりに冷房がある。ヒンヤリ快適で、ビール飲みながらこれを書いた。

8.17 昨日の天気予報によると「今日は曇りがちで雨も降る」とのことだったので山登りは無理かと諦めていたが、朝起きてみると意外に好天。こうなったら折角だし 天気が崩れる前に行ってしまおうと、ピラトゥス山の観光チケットを入沢の助けを得て入手。鉄道でAlpnachstadまで行き、そこで世界一急勾配を上 る登山鉄道に乗り換え、30分で一気にピラトゥスの頂上まで登る。頂上からの眺めはそれはそれはの絶景。ヒンヤリとした風が心地よい。雲一つ無くルツェル ンの街だけでなく周辺の山や湖も一望できる眺めは、日本離れしたダイナミックさがあった。頂上にあるレストランで昼食後、山の反対斜面に渡してあるロープ ウェイで下界に降りる。途中の乗換駅で美しいカウベルの音に惹きつけられてフラフラッと途中下車。「アルプスの少女ハイジ」が今にも飛び出してきそうな景 色の中を、牛を目指して歩く。「アルプス交響曲」やマーラーの6番に出てくるカウベルは当然のことながら、この『牛』から来ているのだが、牛一頭一頭の首 に付けられたカウベルは、無機質でいてなにか暖かい。「これが本物かあ~」と凄く感動してしまった。 牛を堪能した後は再び駅に戻ってロープウェイに乗る。心地よい揺れと風であっという間に睡魔に襲われて、昼寝。気がついたら下界に降りていた。 夜はお待ちかねアバドの「ブランデンブルク協奏曲」全曲だ。オケはルツェルン祝祭管弦楽団のメンバーからとなっていて、クスマウル、クリスト、ファウス ト、アルブレヒト、パユらベルリン・フィルのメンバー(『元』も含む)が中心に、若手の優秀な演奏家達がそれに加わっている。編成はヴァイオリンが最大で 3ー3だったので小編成の部類である。アバド人気はここでも凄く、ソリストの後にくっついてチョコチョコっと出てくるのだが、指揮台(実際は台はなかっ た)の位置に来るやいなや突然の夕立のような拍手が沸き起こる。あの拍手を聴くだけで鳥肌もんだった。演奏順は4,3,5番、休憩後1,6,2番で、ソリ ストのクスマウルやヴァイオリンの数名、チェロのサイドの人などバロック・ボウで演奏していたし、速めのテンポでピリオド奏法も取り入れた演奏スタイル は、もはやヨーロッパではスタンダードなものとして定着しているのだろう。見た感じではアバドが仕切っているというよりは、とても自然で活き活きと演奏す るメンバーを楽しそうに側で聴いている、そんな感じがした。ある意味、最上の席を独り占めしているのは彼だったのかも・・・。 印象に残っているのでは、そんなに速くて大丈夫かと心配になった5番もチェンバロは関係なしに見事に弾ききったし、4番のクスマウルも凄いねえ。2番は ヴァイオリン、トラベルソ、オーボエ、ピッコロ・トランペットのソロのバランスが素晴らしい。ラッパとトラベルソが対等に聞こえるのはプレイヤーが凄いの かバッハが凄いのか、とにかく鮮やかだった。2番の終楽章をもう一度アンコール、その時トラベルソはピッコロというのかな、1オクターヴ高い小さな楽器で 演奏、ラッパは最後のCをFに上げるなど華やかさとお祭り気分が相まって一番の盛り上りだった。今まで長いと感じていたブランデン全曲も、こうして聴いて みるとあっという間の2時間半、素晴らしい演奏会だった。

8.16 やって来ました、ルツェルン!ちょうど2年ぶりであるこの地、前回はN響ヨーロッパ・ツアー ルツェルン音楽祭出演だった(819日参照)。その時は、夏休み明けの仕事がヨーロッパ・ツアーで、鈍った感を取り戻すためにひたすら練習していたの で、全くと言っていいほどどこにも観光に行かなかった。6日間もルツェルンに居たというのに・・・。今回はその時の思い出を補うためでもあり、本当はル ツェルン祝祭管を振るアバドの演奏会が最大の目的だ。明日早速「ブランデンブルク協奏曲」全曲の演奏会がある。アバドの「ブランデン」、レコーディングも されているけどいまいちパッとした印象が無い。というかバッハ?って感じだ。まあそんなこと言ってても実際演奏を聴いてみないと判らないし、そういうとき はえてして凄かったりするから、楽しみにしている。 ここルツェルンでは、かつて一緒にQuartettをやっていたチェロの入沢百合子夫妻のお宅にお世話になっている。彼女はもう5年ほどスイスに住んでい て、当然のことながらドイツ語もちゃんと話している。まさかスイスに居着いてしまうとは・・・と、昔と今のギャップに少々驚いている。

8.14 昨日今日とムギくんの誘いでザルツブルクに一泊旅行。この留学中、ザルツに行くのは実は初めて。「近いからいつでも行けるや」と、タカをくくっていたら今 まできっかけを失っていた。ザルツブルク、じつに11年ぶりである。11年前も時期的には同じで、ザルツブルク・フェスティバルとモーツァルテウムの夏季 講習の真っ最中だった。モーツァルテウムでオーボエの森枝がコッホとモーツァルトの木管八重奏を演奏して、ファゴットの笠原とヴィオラのきわちゃん、ウチ の奥さん(その当時はただの友人)にバッタリ駅前で会ったのを覚えている。そしてウィーン・フィルの名物コンマスだったヘッツェル氏がザルツカンマーグー トで事故死したのもこの頃だった。 ムギくんの案内で街を、何となく覚えている場所、まるっきり初めてのところなど確認するように歩く。ザルツはウィーンと違い、こじんまりとしているので1 日あればかなりいろいろ見て回ることができる。モーツァルトの生家と住んだ家は当然見学。祝祭大劇場、ミラベル庭園、ホーエンザルツブルク城、モーツァル ト広場、レジデンツ広場、カプツィーナ教会などを見て回った。 それにしても暑い。昼間っから喉が渇くとビールばかりである。でも気持ち良く酔っぱらえないほど暑い。あっという間に醒めてしまう。いつまで続くのだろうか、この猛暑。

8.11 Payerbachから帰ってきたその日、アン・デア・ウィーン劇場でベートーヴェン・アカデミーという名の演奏会があった。エンシェント室内管がベー トーヴェンの5番6番を初演された当時のプログラムを再現するこの企画、5時に始まり10時過ぎに終わる長大なプログラムだ。演奏されたのは5番6番の交 響曲にアリア、ピアノ協奏曲4番、ミサ曲から数曲とピアノの即興演奏に合唱幻想曲。最初から聞くつもりだったが、家に帰ったら疲れて寝てしまい、後半から 聴いた。ウィーンの演奏会は本当に久しぶり、開演前は妙にワクワクした。このワクワク感はいつ感じてもいいもんだ。 エンシェント室内管はホグウッド指揮でハイドンの交響曲全曲など一時代を築いたオケだが、この日は今一の調子。そりゃそうだろう、僕が聞いたときには既に 2時間演奏し終えたあとなのだから疲れも溜まっているだろう。その辺は割り引いて聴くとして、この日の白眉はソリストのロバート・レヴィン(フォルテピア ノ)だった。即興演奏では会場からあらかじめ書いてもらったモティーフをその場で4つ選び、ベートーヴェン風にアレンジしながら弾いていった。時間にして 12~3分か、凄い技術と音楽性だ。会場はヤンヤの喝さい。当時ベートーヴェンも一つのモティーフから40分もヴァリエーションを加えて演奏したという が、こういうのは迷いがあるとできないんだろうな。俺なんか、ただ弾いていても後悔したり、先を躊躇したりしてしまう。音楽家にはあまり向いていない性格 なのかも知れない。

8.10 9日10日と急にクリスティアン先生の別荘に遊びにいった。夕方着いてパイヤバッハ音楽祭のリート・アーベントを聴き、その後みんなで食事。先生はゲスト を楽しませる話題に事欠かない。みんな大爆笑の連続。僕のドイツ語力では半分も理解できていないけど、気持ちだけは伝わった。ワイン、仕上げのシュナップ スと気持ち良く酔っぱらってベッドに潜り込む。ウィーンと比べて夜は格段に涼しい。1分も経たずして寝てしまった。 翌朝は朝食後、卓球の練習。前回の雪辱を果たすために色々考えて練習したのだが、結果はまたしても惨敗。「あの大きな身体には絶対死角があるはずだ」と 思っていたが、意外と器用なのね、先生。結局こっちが左右と振り回されてお終いだった。次回の勝負はこの秋、日本で行われる模様である。 その後、先生の運転でパイヤバッハの名所を案内していただいた。意外とここゆかりの音楽家は多く、シェーンベルク、ウェーバー、マーラー、レオンスカヤ etc.・・・名前だけだが、「あ~、ここに居て数々の名曲をかいたんだな」と感じることができた。いろいろ廻ったあと昼食までのしばらくの間、ベンチに 座ってボーッと空を眺めていら、雲一つ無い青空の中を飛行機が、通るたびに一本ずつスジをつけていく。ときには一度に3機も飛んでいたりして、幾重にも重 なっていく飛行機雲を見ていたらますます日本に帰りたくなった。あと帰国まで25日。やっとここまで来たというのか、もうここまでなのか。とにかく日本食 をたらふく食べる夢だけは毎晩のように見ている。

8.8 このところ、帰国に向けて着々と準備をしている。先日は船便で荷物を送った。これからもまだいくつか送らなければいけないが、この様子だとそれほど大掛かりにはならずに済みそうだ。 荷物を送るのもそうだが、帰国してからのことを考えるのも必要だ。仕事のこと、生活のこと色々あるなかで、今最も楽しみなのが車を買うこと。今まで乗っていたVWVENTO2001年7月7日参照)は、走行距離12万キロにしてウィーンに来る前に具合が悪くなったので売り払ってしまったし、その後のアストラ・ワゴン(529日参照) ウィーンに来て早々怪しい臭いがすると日本からの連絡でこれもウッパラってしまったので、帰国早々新しい車をみつけなければいけない。毎日、インターネッ トで中古車サイトを検索し、あれこれ懐具合と相談しながら考えている。かつて半年に2度も事故に遭った教訓から『車はなるべく丈夫なもの』、となるとドイ ツ車、なかでもVWBORAVENTOの後継モデルなのでもっか第1候補だが、ここにきてライバル出現。先月ボンからアーヘンまで宇野ちゃんの運転で 乗せてもらったプジョー307は最近安全面に力を入れているとかで、かなりの好感触。値段もVWに比べ少々お安い。浮いた分でカーナビが付けられそう。で もなあ、フランス車だしなあ、6月のパリ2日間はフランス語に手も足も出なかったし(ストライキまでしていたから)思い出があまりよくない、ということで いまいち決めかねている。何か良いアイディア、お奨めがあったら教えて下さい。
そうそう、フィルム・フェストに行く前、時間つぶしにケルントナー通りをぶらついていたら、ロシアか ら来た3人組に遭遇。ケルントナー通りにはそれぞれ思いおもいの楽器でいろんなパフォーマンスをしているが、バラライカとアコーディオンを演奏する彼らの 周りには、他のムジカー達より数倍多いギャラリーが集まっていたので、アイスを食べながら覗いてみた。マンドリンを三角形にしたようなバラライカ・プリマ とアコーディオンがどちらもメロディと和声を交互に担当し、立てると身体より大きそうなバス・バラライカがベースラインを支える。ちょうどその時は、「セ ヴィリアの理髪師」序曲をたった3人で軽快に、そしてダイナミックに演奏していた。オケの迫力にも負けていない。アコーディオンで弦楽器のトレモロやキザ ミを弾くときの、全身を使って小刻みに震えるように蛇腹(とでも言うんでしょうか、あの空気を送るバサバサしたところ)を操る様は、一見の価値あり。それ と、ベースの兄ちゃんがとっても音楽的に、楽しく演奏しているのについつい引き込まれてしまった。あまりにも素晴らしいので、彼らの自主製作盤CDをその 場で買ってしまった。そのトリオの名前は『Trio Kaleidoscope』。是非一度聴きに行ってみて下さい。

8.7 2日から昨日まで妹が遊びに来ていたので、更新はお休み。久しぶりに会って話しているうちに、すっかり関西弁になってしまった。 妹がハンガリーに旅立った昨日、市役所のフィルム・フェスティバルを見に行く。昨日はレヴァイン指揮ベルリン・フィルのヴァルトビューネでの演奏会で、 R.StraussWagnerの名曲どころが上映された。途中、R.Straussの歌曲3曲とWagnerのオペラからをベン・ヘップナーが歌った が、これがまた凄すぎ。体格そのまんまの声がマイクを通じ、さらに大型スピーカーのサラウンド・システムから振動が身体を揺さぶらんばかりに押し寄せてく るので、嫌でも興奮してしまう。高い音域が楽々と出てくるのは聴いていても気持ちいい。さらに、ベルリン・フィルも安そうな楽器で弾いている割りには、い つもとオンナジ鳴りっぷり。最後のワルキューレの騎行もド迫力だった。 今日も続けてフィルム・フェステイバル。演目は「フィガロ」で1991年ウィーン芸術週間のアン・デア・ウィーンでアバド指揮によるもの。こちらも負けじ と豪華キャスト。末成由美(ステューダー)、あご勇、ライモンディ、チャーリー浜、シーマ・・・(あと名前忘れた)いいねえ。コミカルな動きと登場人物に ついつい吉本新喜劇を思い出してしまう。これは以前日本で放送されているので、見た人も多いはず。うちにもヴィデオがあるので帰国したら早速見直してみよ う。何しろ字幕がないしあらすじも知らないので、楽しそうなんだけどいまいち判らないのが悔しい。

8.1 クリスティアンの講習会がなんとか終わった。朝11時前にPayerbachに着き、GPを終えてから先生の別荘で昼食を御馳走になる。山の上にあるお宅 には、生徒の間で有名な『消防車』や卓球台だけでなく、とても懐かしい香りのミニ・トマトや自家栽培のレタス、数々の草花に囲まれて、下界とは全くの別世 界だった。そして食後、卓球をやりあえなく惨敗。先生の子供の方が上手いってのも、こちらとしてはいただけないが、次回の雪辱を心で誓い別荘をあとにし た。 レッスンの行われていた学校で最後の調整をし、早めの夕食をとって、終了コンサートの開かれる教会に向う。演奏前、遅い夕暮れの山々を眺めながら、この約 1年のクリスティアン先生とのこと、ウィーンでの生活をいろいろ思い出した。ここで弾くのもこれで最後、先生とのレッスンももうないのだ。石でできたその 小さな教会は、とても気持ちの良い響きで小さなミスは全て隠してくれる。教会でこんなふざけた曲を弾くのも少々気が引けたが予定通りミヨーを演奏、お客さ んもかなり湧いてくれて一安心。12年前『屋根牛』に知りあってからやっと人前で弾くことができたことには、良しとしよう。しかしいろいろ課題は山積み で、残り1ヶ月をもう一度落ち着いて復習い直してみようと思った。 それともう一つ、そのコンサートのとりだった、ベルリン・フィルに入ったばかりのコーネリアが弾いたベートーヴェン協奏曲から第2楽章、これには脱帽。自 然で音楽的で純粋で・・・素晴らしいの一言。こんな演奏をする人がトゥッティで弾いているベルリン・フィル、どう考えても凄いわけである。

7.31 ウィーンに戻った翌日から今度はクリスティアンの講習会でPayerbachに通っている。ウィーンから約1時間半。ここも何もない山の中の田舎町だ。 フィンランドに行ってて参加できなかった分、3日間で集中的なレッスンをしてもらう。初日は2時間ぶっ通し、心底尽き果てた。今日も1時間半。昨日のレッ スンで少し様子が判ったので、今日はボロボロにはならなかったが、もう明日いきなり終了コンサートである。出し物はミヨー:「屋根の上の牛」。クリスティ アン十八番の曲だが、どえらく難しい。無事に弾き通せるのかハッキリ言って不安である。こんな曲、自分のリサイタル・プログラムに入れなきゃよかったと、 少々後悔。

7.28 数日間ヘルシンキに滞在している。その間、9年ぶりのヘルシンキを散歩し、ムーミン・グッズを買いあさり(ウチの奥さんが)、シベリウス公園でシベリウス のモニュメントを見たりした。また一番大きいストックマン・デパートで演奏会用の黒靴を買った。11年前に同じストックマンで買ったイタリア製の黒靴は、 いまだに本番で使用している。今回も同じイタリア製で似たようなデザインの靴を見つけついつい買ってしまった。これでまた10年は困らないだろう。 その夜は知人のフィンランド人、ヘイモネンさん御夫妻のお宅にお邪魔する。娘さんのマリコちゃんと彼女の旦那ユッカも来ていた。マリコちゃんは京都生ま れ、1回目のクフモに一緒に参加してそこでもお世話になっている。この日はバーベキューで夕食をとった後、「モルク」というフィンランドのゲームをして遊 んだ。このゲーム、最初はボウリングの様に12本、木のピンを立てて、別の木で倒したポイント数が先にピッタリ50ポイントになれば勝ちという単純なゲー ムなのだが、複数倒れた場合は倒れた本数、1本のみ倒れた場合はそのピンに書かれている数字がポイントされる。さらに投げてピンが散らばったら、散らばっ た場所に立て直してゲームを続けるので、後になればなるほど狙いたいピンが遠かったり、周りに邪魔なピンがあるなどいろんな思惑、心理が働いて面白くな る。そして50ポイントを超えてしまった場合は25ポイントに逆戻りしてやり直さなければいけない。シンプルだけど奥が深い、フィンランドの国柄を象徴す るようなゲームだった。 これがモルクのピン、手に持っている木を3m手前から投げてピンを狙う。

7.26 KuhmoからHelsinkiに戻ってきた。Kajaani空港18時10分発のヘルシンキ行き飛行機に乗るためKuhmoを16時に発った。来るとき と違う道を爆走するタクシーにかなり不安を感じながら約1時間半で無事空港に着き、待合室でピアニストのOei(ウィー)氏と立ち話。『今日ヘルシンキに 着いたら、日本人達と寿司を食べる』と話したら彼の目の色が変わり、恐る恐る誘ってみたら一緒に行くことになった。ヘルシンキのホテルで待ちあわせていた 友人、Oei先生と再会し、『古都』という名前の和食レストランに向う。これまで約2週間ひたすら学校での食事だったので、寿司とタコの酢の物や鳥の唐揚 げ、串カツなど居酒屋メニューを貪るように食べた。Oei先生も日本酒片手になかなかの食欲で、クフモで彼に師事していた淳子ちゃんが「こんなに食べてい る先生、見たことない!!」と感動していたくらいだった。食事の間、先生はクフモでの音楽の素晴らしさ、生徒がどんどん変わっていくのが嬉しかったとか、 次回来ることがあったらレッスンをしましょう・・・など、熱心に語ってくれた。 ほどよく飲んでホテルへ帰る道すがら、クフモとは違う空の色に気がつく。それは久しぶりに見る夜空だった。

7.25 今日はStudent Concertに出演、3回目にして初めてこの地で演奏した。一人15分程度の演奏時間なので、僕はバッハの無伴奏から4曲とウチの奥さんと二人でヘンデ ル=ハルヴォルセン:パッサカリアを選んだ。どちらも人前で弾くのは初めてだし、ヘンデルにいたってはKuhmoに来てから練習を始めたけど、まずまずの 出来で満足だ。どんな小さな演奏会でも人前で弾くことはとても勉強になるし、終わった後の充実度は格別である。またここに聴きに来る人々がとても熱心で、 どんな小さな学生の演奏会でも足を運んで下さるし楽しんで聴いてるので、弾いていて客席からそれが伝わってきてとても励みになった。約10日間のミュー ジック・コースも今日で無事終了した。夜は10時15分からMozartDivertimento K.563の演奏会を聴いた。チェロのM.Straussの存在感は凄い。彼がいるおかげでトリオとしてまとまっているし、上声でヴァイオリンが遊べる。 ヴィオラのM.Louieseという女性も本当に素晴らしい仕事ぶりだった。彼女のレッスンにヘンデルを持っていったら、いろんなアイディアを提供してく れて面白かった。 9年ぶりのクフモはやはり来て良かった。また来年も・・・と言いたいところだが、毎年この時期は難しいだろうなぁ。でも来たい。

7.21 Kuhmoに着いて一週間が経った。ここでは演奏会を聴くだけでなく、個人レッスンも受けている。僕の先生はC.Cerovsekという若くてバリバリ・ ソリストのViolinist。レッスンでは彼の発想が豊富で、どこからそんなアイディアが出てくるんだろうと感心してしまう。これまた音が綺麗なんだ。 隣で弾かれると自分の音が情けなく感じてしまうくらい。彼からもいろんなアドヴァイスをしてもらい、忘れていた物を思いだした気がした。 この数日で急に知り合いが増え、一緒に室内楽をやる機会もできた。今日は2つの曲の練習をし、世代、国籍を超えたコミュニケーションが取れて何となく嬉し い。英語が通じたりすると、国際人になった気がしてしまう。全く単純なもんだ。明日も夜8時から合わせだ。 他には相変わらず演奏会も朝から夜9時45分開始のものまで、いろいろ選んで通っている。朝11時からは教会でモーツァルトのQuartett Quintettを演奏しているので、これに通うのは日課となっている。今まで印象に残っているのは、 Bogino,Laurenceau,Mendelssohn,Kimanen演奏するシューマン:ピアノ四重奏曲!最後で崩壊してしまったがこれぞ Kuhmo』というべき、熱のこもった熱い演奏だった。 それと若いPianist,JumppanenLisztのソナタh-mollの集中力と完成度の高さも凄かったな。終わった後、誰も息ができないくらい静まり返っていた。 ここでの生活は、蚊の大軍の襲撃を喰らいながら(両足だけで15箇所刺された)、色々アドヴァイスや演奏会からヒントを貰いながら、自分ならではの道を見つけるためにじっくり考える毎日である。

7.16 Kuhmoには、無事14日夕方に着いた。Kajaani空港からKuhmoまでのタクシーにたまたま乗りあわせた福原君(ピアニスト)と知りあい、その 後彼とは毎晩飲みに行く仲となった。9年ぶりのクフモは、多少新しいお店が出来たもののほとんど変わりなく懐かしい感情が湧いてくる。昨日と今日でもうす でに7回の演奏会。ここは1つの演奏会が休憩なしの約1時間15分程度で、聴き手としてもちょうど聴きやすい長さなので、次の演奏会も立て続けに聴いても 疲れない。どれも印象に残るが、特にEndellion Quartettの演奏するシューマンとモーツァルト:「不協和音」、それにボギノ,Pianoのモーツァルト:K.304は久しぶりに聴いた別世界の音 楽。今年のテーマはフランス音楽とモーツァルト、シューマンだそうで、いろんなカルテット、トリオ、ソリスト達が取っ換え引っ換えそれらの曲を取り上げて 弾いてゆく。普段なかなか聴けない曲も沢山含まれているので、どの演奏会に行くか本当に迷っている。やっぱり来て良かった・・・。

7.13 只今フィンランド中。今日はコペンハーゲン経由で夕方ヘルシンキに着いた。明日からクフモ室内楽音楽祭の講習会を受けに行くため、今日一日ヘルシンキに滞 在し、明日再び飛行機でKajaaniまで、そこからタクシーでクフモへとかなりの長旅になる。フィンランドに来るのもじつに9年ぶり。ヘルシンキの街を 散歩し、レストランで食事をしたら、どの料理にも杉の葉っぱのような細くて濃い緑の香草がのっていて、とても懐かしい味がした。クフモの素晴らしさは一言 では言い尽くせないが、とにかく演奏会の数が多くてどれもが質が高い。かつてはクレーメル、ハーゲン・カルテットなども演奏していた。テツラフやツェート マイヤーを始めて聴いたのもクフモだった。 空気や水、自然の美しさ。あの感動をもう一度味わいたいけど、仕事をするようになってからは7月のこの時期は休みをとることはまず不可能だ。今回、ウィー ン留学中を利用してもう一度クフモに行くこと、これは是非とも実現させたい夢の一つだった。9年ぶりのクフモは、どんなんだろう。今朝からワクワクしてい る。

7.10 5日から7日まで奥さんを連れてケルン、ボン、アーヘン近郊に観光に行った。ケルンはあいにくの雨模様で肌寒い。有名な大聖堂を見て、近くにあるローマ・ ゲルマン博物館を見学した。その後、昼食を食べてからKyotoStr.という名前の通りまで歩く。ケルンと京都が姉妹都市として提携しているそうで、そ の記念に名前がついたようだ。といっても特別何かがあるって訳じゃなかった。 8日はボンにあるベートーヴェン・ハレ管の演奏会を聴く。物はたまたまベートーヴェンの8番3番。ボンに来たのは、ベートーヴェンの生まれた家を見学する ためでもあり、ここでベートーヴェンを聴けたのはラッキーだった。またこのオケには同級生の宇野さんがメンバーになっている。彼女に会うのは10年ぶり か。夕方彼女の運転でアーヘン近郊に住む、これまた同級生の長田しんちゃんちに向った。しんちゃん宅は、生後半年の男の子が出迎えてくれた。久しぶりに会 うとはいえ、僕以外みんなヴィオラ科の同級生だし、積もる話も尽きず、ホントに楽しい一時を過ごした。しんちゃんの旦那が作ってくれた夕食も美味しかっ た。 8日は再びボンに戻り、もう一度ベートーヴェン・ハウスやミュンスター教会の周りを散歩。そしてボンで亡くなったシューマンの最後の家も見学した。シュー マンは晩年、精神病を患い、ライン川に入水自殺を図ったりもしたくらい重い病状だったのか、療養先のサナトリウムでそのまま息を引き取ったのだろう。ライ ン川が近くに流れ、もともとはサナトリウムで現在は図書館、資料館として開放されているその建物の2階の1部分がシューマンの記念館となっている。シュー マンのみならず、クララ、ブラームス、ヨアヒムなど当時の重要な人物も一緒に展示してあり興味深かった。特に当時の演奏会「シューマン・フェスティバル」 で演奏されたピアノ四重奏曲のメンバーがE.v.ドホナーニ,Pf.J.ヨアヒム,Vn.・・・・・とあったのは、とても身近な感じがして興奮した。家に 帰ってからさっそく晩年の作品、ヴァイオリン協奏曲を聴いた。
9日は念願のお好み焼きパーティー。Rさん宅で関西風お好み焼き、具は豚、イカ、エビ、シーフード・ ミックスなど。もちろんトン平焼きもやった。何年ぶりだろう、懐かしい味がする。かつお節とソースだけで、もうすでにヨダレジュルジュル状態。ネギや紅 しょうが、マヨネーズも用意してあるので、みんな大喜びでほとんど食べ尽くした。仕上げはもちろん焼きそばでした。

7.2 レッスンが無くなって夏休みになり気が緩んだのか、風邪をひいてしまう。2日はエマ・カークビーを聴きに行ったのに、並んだ末、手前5mで売り切れ、風邪気味の身体で散歩したのがいけなかった。その後2日間ほど寝込んだ。

6.30 今シーズン最後のOperは「カルメン」。バルツァが独特の声で妖麗なカルメンを演じていた。デビューしたての若いドン・ホセ(Gavin)は、出だし硬 かったけどどんどん調子を上げてきて、最後はいい感じ。さすがだね。ウィーン国立歌劇場デビューのミカエラ(Briban)も素晴らしい声の持ち主&はま り役。オケも前日とはまるで別物のような調子の良さで、今シーズン最後のオペラをしっかりと締めくくっていた。

6.29 ベルリンからウィーンに飛んでその日はOperでバレエ「白鳥の湖」をみた。バレエをちゃんと観るのは実は初めて。有名なこのバレエもテレビでチラッと観 た程度。みんなで一斉に踊る場面は、凄いねえ、圧倒される。ただ、ついついトロカデロ・バレエの映像とダブってしまい、「一人だけ男が混じってるんじゃな いか」と考えてしまうと、何故かニヤニヤしてしまう。やっぱりトロカデロを是非みたいと思った。

6.28 この日はベルリンの壁資料館やユダヤ博物館を見学。ベルリンの壁って、無くなったときは鮮明に覚えているけど出来た時のことは全くわからなかったので、 「何でこんなもんがあったんだろう」とずーと不思議に思っていた。それがこの資料館に行ってみて、初めて謎が解けた。当時の貴重な映像も残っていて、本当 に1夜にして造ってしまった、それによって離れ離れになってしまった人々がいた・・・そんな理解できない事が起こっていたんだと実感。ベルリンに行った甲 斐があった。 夜はDSO-Berlinの演奏会(このオケの音楽監督は、K.ナガノ)、コープマン指揮でハイドンのヴァイオリンとオルガンの協奏曲、M.ハイドン: ヴァイオリン協奏曲、モーツァルト:交響曲などが演奏された。コープマンは言わずと知れたオルガン奏者でもあり、長年アムステルダム・バロック管を指揮し ている、バロック界の大御所である。その彼がモダン・オケを振ったら一体どういう演奏をするのかとても興味があった。しかも独奏はこれまたバロックから超 現代までなんでもこなすツェートマイヤー!(彼の大ファンである僕は、彼に貰ったサインを楽器のケースに入れて大事にしている。)なんともまあ、マニアに はたまらないプログラムである。ピッチは現在のモダン・ピッチだったし楽器も普通の物だったが、奏法は開放弦を多用し、ヴィブラートを少し控えめにした感 じの、いわゆる古楽奏法を取り入れていた。モダン・オケがゲスト指揮者と短い練習の中で古楽奏法を取り入れるのは、そう簡単なことではない。なにしろ長い 音を持続するときに音を膨らませるなど、小さいときにヴァイオリンの先生から習った「やっちゃいけないこと」をしなければいけないし、慣れるまでに時間が かかるからだ。でも今回はそんな事を感じさせない演奏だったし、それよりもオケのメンバーが普段と違うことを楽しんでやっているように感じられた。ヴァイ オリンのE線の開放弦は少々耳についたのはしょうがないか。「あれをナチュラル・ガットで演奏できたらもっと気持ちいい響きがするんだろうな」と想像しな がら聴いた。今後、古楽の指揮者ともいろいろ演奏してみたい。 ツェートマイヤーはやはり天才。この3日間で聴いたヴァイオリニスト3人の中では別格。特にM.ハイドンの2,3楽章は良かったなあ。オケも指揮者もツェートマイヤーにどんどん引き込まれていったように感じた。

6.27 朝からベルリンの動物園に行く。やたらと広い。一体どこを歩いているのかもわからないが、気がついたらパンダの前に来ていた。11時にエサを与えるそう で、その時間を見計らって再度訪れるといたいた。ほとんど見物人もいない。これほど人気のないパンダも珍しい。Yanyanという名のパンダは、まず最初 にリンゴを2つ、そのあとプラムや洋梨などの甘い果物を食べ、丁寧にタネまで出していた。そして次に、並んでいる人参より先に手を(口を)出したのがパン だ。かつて耳にタコが出来るほど聞いた往年のギャグがここで見事に完成したのだった。
panda1.JPG
panda2.JPG
パンダは何食ってんだろうねえ・・・・
ま、ドイツ語じゃBrotなので関係ないのだが、笹だけではなく、ましてや一度は誰もが夢を見たそのシーンに目頭が熱くなる思いだった。今度はチーズ・バーガーを食べているところを見てみたいと思ったのは、俺だけだろうか・・・。 その夜はシュターツカペレ・ベルリンの演奏会、ミッコ・フランク指揮でシベリウスの5番などだ。この5番はなんかとりとめのないところもあるけど、大好き な曲だ。そしてこの若い巨匠は素晴らしい。普段は腰が悪いのか座って振っているが、ここぞというときに立ち上がって振る様はまさに巨匠。明快な棒捌き、プ レッシャーを与えない笑顔など、一日にして彼のファンになってしまった。オケは今年の1月にバレンボイム指揮でウィーンで聴いたばかりだが、印象は同じで 重心の低い音がする。ベルリン・フィルの方が明るく感じ、こちらはいぶし銀の輝きといったところか。前半はN.ズナイダーがソリストでモーツァルトの3 番。パッと見与太公のような立ち振る舞いに反感を感じる人もいるかも知れないが、音楽はアイディアもあるしやはりソリストとなるだけの器はある。彼には同 じコンセルの生徒としても盛大な拍手を送った。

6.26 今日から3泊4日でベルリン旅行。お目当てはベルリン・フィルの今シーズン最後の演奏会と、ベルリン・シュターツカペレ、ベルリン・ドイツ響の3つのコン サートである。まずベルリン・フィルは、ヨーゼフ・シュトラウスのワルツに始まり、テツラフ独奏でベルク:協奏曲、休憩を挟んでベルク:「ルル」組曲、そ して最後が「こうもり」序曲という、変則的なプログラム。初めてベルリンに行ったし、ベルリン・フィルも何年ぶりか。本拠地で聴くベルリン・フィルは、期 待を裏切らないものだった。とても真面目に弾いているようには思えないのに、許容量の広さというか、絶えず余裕が感じられるし、イザとなったときの音圧に は圧倒される。今回はそのような場面があまりなかったけど、これがR.シュトラウスやマーラーといったオケオケしている曲だったら凄いんだろうなあ。凄い といえばやはりテツラフだ。見た目お坊ちゃん風に騙されていたが、とんでもない奇才だ。アイディアの宝庫に一度弾きだしたら止まらない集中力の高さ、そし て終わったと同時に普通のニイちゃんに変身する辺りが、もしかしたら変人かも、と思えてしまう。アンコールのバッハ:ソナタ2番から第3楽章も絶品だっ た。 終演後はカラヤン・アカデミーに留学中の鈴木康君とビールを飲みながら、ベルリン・フィルの様子を聴く。端から見てても感じるが、実際中で弾いていると相 当演奏しながら遊んでいるらしい。とにかくメンバーに「ウケる」ことが第1目標で、そうしながらいつの間にかまとまってくるとか。これも国民性か。日本 じゃ初日の練習にはほぼ仕上がった状態にするくらい準備をしているっていうのに。そりゃ、弾いてて楽しいだろうし、またそれが客席にも伝わるんだろうな。

6.25 学校でのクリスティアン先生の最後のレッスンがあった。去年の10月からここまで、今まで出来なかったバッハやベートーヴェン、ブラームスを中心とした作 品をこなし、レッスンはあっという間だった。この日は、先生十八番のベートーヴェンの4番、最後のレッスンだからかいつも以上に熱がこもっていた。「忘れ てしまわないように」何度も何度も弾かされ、身体に染み込んでいくようなレッスン。とても印象深いものだった。レッスン後は、この日ウィーンで室内楽演奏 会のあるまろさん(N響コンマス)も合流し、クリスティアン先生と食事を囲んだ。 そして夜は、まろさんの室内楽演奏会。メンバーはウィーン響の首席奏者にソリストとして活躍中の田中晶子さん。急遽ピアニストが変更になり、プログラムも 一部変更。そんな緊急事態にもかかわらず、とても盛り上り楽しいものだった。特に代役ピアニストが素晴らしかった。当然打ち上げに参加し、いろんな人と知 りあった。

6.22 20日はウィーン留学中のMaikoちゃんのリサイタルを聴いた。素晴らしいの一言。まだまだ自分は若いほうだと思っていたけど、世代の違いというか、ど んどん才能を持った若い人材が出てきているのを痛感した。自分が苦労しても出来ないようなことを、いとも簡単にやっているのだ。参りました。でも、その中 に凄くヒントが隠されていたような気がして、ウチに帰ってから試してみている。演奏会はやっぱり行くべきだ。 21日はOperで「フィデリオ」を聴いた。指揮はP.シュナイダー。今回もオケピットの真上だったので、舞台は身を乗り出しても半分ちょっとしか見えな い。幕が上がってすぐの場面、マルチェリーネのアイロンがけはいただけないななどと思いながらも、楽しい2時間半だった。コンマスはホーネックで、フル 編成のオケ、有名な「レオノーレ」序曲第3番はさすがだね。ああいう場面になると途端に威力を発揮する。 今日は無性に「豚平焼き」食べたくなったので、作ってみた。「豚平焼き」、広島の方ならすぐ何だかお判りでしょう。広島に行ったらお好み焼きを食べに行くけど、まず「豚平焼き」をつまみながらビールを飲むのがたまらない。作り方はいたって簡単。 用意するもの・・・豚バラ肉、ネギ(青い部分)、卵2個、かつお節、ソース(やっぱりおたふくソースか)、フライパン1つ。 薄切りにした豚バラ肉に塩コショウで下味をつけ、熱したフライパンに軽く油を引き焼く。軽く焦げ目がついたところで、卵2個を空いたスペースに割り入れ、 軽くほぐしながらお好み焼きサイズに広げる。半熟状態の卵の上に、豚バラ肉を乗せさらに小口切りにした青ネギをどっさりのせる。そしてお好み焼きのように 卵を肉ごと裏返し両面焼く。さらに盛ったあとにかつお節をのせソースをかけて出来上がり。留学生の皆さん、是非試してみて下さい。懐かしい味がします。

6.18 17日(昨日)はHochschuleで学生(といっても10歳前後の子供たち)が弾くピアノ協奏曲を室内オケで伴奏をした。僕はそのオケのコンマスを務 めた。4人の生徒さんがハイドンとモーツァルトの協奏曲を見事に演奏。こんな若いのに、もう既に立派に完成されている。末恐ろしい才能である。それぞれ終 わったあとの嬉しそうな表情が特に印象に残った。 個人的には久しぶりの演奏会、しかも慣れないコンマスとして反省点が多い。血迷って音程ぐしゃぐしゃになったところあり、繰り返しを間違えたりも(幸いピ アノ・パートとユニゾンだったので被害は少なかった)。ま、終わってみると少しは成長したかなと思える部分もあったんだけどね、もうちょっと落ち着いて弾 けるようにならなければ。終演後はメンバーと打ち上げ。3時過ぎまでビール飲んでました。 今日はコンツェルトハウスでサイモン・ラトル指揮エンライントメント室内管の演奏会を聴いた。いわずと知れた古楽器のオケである。曲はハイドン:交響曲 67番と、ハルモニー・ミサの2曲。古楽器といえども、もう特別なオケという印象はない。それほど、自然と耳が慣れてしまっているのだ。良く考えるとラト ルの指揮を見るのは初めて。最初は「随分硬いなあ」と思ったが、徐々に慣れてくると、表情がとっても良く判るしオケに任せている部分が多くて、居心地が良 さそうな感じがした。後半のミサは合唱やソリストも加わって、かなりの盛り上り。合唱のメンバーがとっても嬉しそうに歌っているのを見て、こちらまで楽し くなった。演奏後はメンバーの相曽さんと奥様のアネット、他にリリコちゃんとゲオルク、ヴォルフラム達と夕食を食べて久しぶりの再会を祝った。 lattle.JPG

6.16 今日は昨日に続いてOper。演目は「ボエーム」。当日の立ち見券を買って天井桟敷から見た。昨日のワーグナーを見た後なので、展開が早いのなんの。知り あったばかりなのにもう愛の告白をしてつきあいだすなんて、さすがイタリアって感じだ。これが昨日だったらまだ自分の生い立ちを語っている程度だろう。歌 もみんな上手だし、オケの響きがあいかわらず素晴らしい。心理描写など場面場面でマッチする音、テレビだったら最高の効果音とも言える。ただ残念だったの は今回は拍手が異常に早い。まだ響きが残っているのに拍手をはじめる人が多かったのだ。中には「シーッ」と注意を促す人もいたが効果無し。特に最後のミミ が死んで悲しみの中、Operが終わるその最後の瞬間はもっと余韻を楽しみたかった。なんだろう、幕が閉じだしたら拍手をしなきゃいけないと思っているの だろうか?タイミングとはなかなか難しい。 前回12月に見たときもそうだったが、このオペラは心にストレートに訴えてくるので、涙無くては見られない。それに加えて演出なのか、歌手達の微妙な立ち位置やちょっとした仕草、表情にさらに揺さぶられてしまう。こらえるのはかなり難しいオペラだ。

6.15 ティーレマン指揮の「トリスタンとイゾルデ」、いや~凄かった!これほど客席が盛り上がっているのは初めてだ。今シーズン最高の布陣だから、演奏も素晴ら しく湧くのは当然。歌手陣も良かったけど、やっぱりティーレマンの指揮に尽きる。スコアを完全に把握しているし、無駄が無く的確な指示、弾き手の気持ちを くすぐるような棒捌きを見ていると、「世の中上には上がいるもんだ」と痛感する。オケがここまで本気になって弾いているのを見たのもあまり記憶に無い。前 奏曲から最後の「愛の死」まで、一貫して充実感の溢れる音が流れていた。カーテン・コールの際、オケからも指揮者に惜しみない拍手が送られていたのが印象 深かった。ホント良いものを聴いた。

6.14 12日はコンセルトヘボウ管、もともとティーレマンが振るはずだったのがキャンセルになり、L.ハーガー指揮に変更。そのせいか、キャンセル・チケットが 出回り、売り切れだったチケットも難なく手に入れることが出来た。プログラムは予定通りのもので、浄夜、死と変容、ティル他の色気たっぷりのプログラム だったが、演奏自体はもっと色気が欲しかったかも。オケ自体はなかなか艶っぽい音がしていたし、特に個人的ファンになった奏者もいて、魅力ある能力の高い オケである。しかし「これがもしティーレマンが振っていたら」とついつい思ってしまう。残念である。 13日はウィーン響で同じくコンツェルトハウスでの演奏会。指揮はジンマンで、アイヴス、ヤナーチェク「タラス・ブーリバ」、ブラームスの第2交響曲だっ た。ウィーン響は音が良いし、ウィーン・フィルとは違う味を確立している大好きなオケだ。ブラームスを聴いてて思ったのが、「彼ら(演奏者)が普段通り感 じて、普通に演奏することの自然さ」。なにも特別な音楽でないし、昔から慣れ親しんだ曲をいつも通り弾いている姿が羨ましかった。我々日本人が演歌を歌う ときに、ついついコブシが入ってしまうのと同じなのかも知れないが、染みついた伝統というのはそう簡単には失われないんだなあと痛感した。 今日14日はブーレーズ指揮のウィーン・フィル定期。バルトークの弦チェレが圧巻!この曲がこんなに楽しく、熱い音楽に聞こえたのは初めて。オケ自体のア ンサンブルはいろいろ破綻があるけど、ずれたまんま突き進む!その気合も良いし、血が騒いでいるのかなんか熱いだよね。4月にピッツバーグ響で聴いた同じ 曲とは思えないくらい、人間っぽく、色彩(色っぽいのか)豊かで、興奮した。こうなるとウィーン・フィルは本領を発揮するのか。ブーレーズが振ると、音が とっても奇麗に聞える。それでいて冷たいわけではないし、分離が良い。先日のエッシェンバッハ指揮と、まるっきり違う響きがしたのは驚きだ。

6.10 週末は目ぼしい演奏会もなく暇だったので、急に思いたってパリに1泊旅行、運良く飛行機もホテルも取れて、旅をしてきた。ふと思い出して連絡をとってみた ら、パリ在住の同級生のピアニスト本田君が時間の都合をつけてくれて、彼のおかげで美味しいものにはありつけるし、広いパリを効率良く案内して貰った。美 術館はどこにも行かなかったが、パリの町をとにかく歩いて歩いて足にタコが出来た。天気はあまり良くなく、明け方の雷雨、昼間も突然の雨にずぶ濡れ、雨上 がりは日本のような湿度にかなりやられたが、エッフェル塔からシャン・ド・マルス公園、コンコルド広場、シャンゼリゼ通り、モンマルトルの丘・・・などを ぶらつく。シャンゼリゼ通りではフランス国鉄の車両が展示してあり、しかも間近で見られたので鉄道マニアだった僕としてはこの上ない幸せ。美術館より鉄道 である。とにかく歩いて日曜日の最終便でウィーンに戻ってきた。

6.5 ブタの角煮を生まれて初めて作ってみた。スーパーで豚バラ肉を塊で買ってきて、煮ること約4時間。初めてにしては上出来すぎるくらいの出来栄えで思わず笑 いがでてしまう。肉の臭みもなく、生姜の香りが効いたそれは、とろけるように口の中で解れていくのだ。日本でもたまに角煮を食べるが、大抵途中で気持ち悪 くなることが多いのに、今回はそれも無し。一所に煮たゆで卵が、いい色に仕上がってこれもまたタマラナイ。今日の昼ご飯には醤油ラーメンに角煮とそのゆで 卵をのせ、海苔を添えて角煮ラーメンにした。全て食い尽くした。

6.3 1日の朝にウィーン・フィルを聴きに行く。チケットはないので、当日ホール前で余りチケットを探す。今回はかなり難航。20分待ってやっと手に入れた席 は、オルガンの真横、聴くだけのステージは何も見えない席だ。その日はエッシェンバッハが定期初登場で、ブルックナーの7番とヴェンゲロフ独奏のメンデル スゾーン。今回の演奏はヴェンゲロフの世界そのものといった感じ。メンデルスゾーンを聴いた、というよりは彼の個性がそれを上回っていたようだ。技術、表 現したいもの、それぞれさすが!と思わせるだけのものはある。会場もブラボーの嵐で、かなり盛り上がっていた。それにしても、ウィーン・フィルをバックに 名曲を弾くってのはどんな気持ちなんだろう。またウィーン・フィルがメンコンを伴奏するのも珍しいのではないか。昔レコーディングされたミルシテインのレ コードがあるけど、他には記憶がない。 メインのブルックナーは2日前にラジオでも聴いたが、その時よりテンポが速く感じられたのは気のせいかな。落ち着いた演奏で、フレーズの受け継ぎ方とかギ リギリまで引っ張る感じが、新鮮に感じた。Orgel-Barkonはオケの音がダイレクトに聞こえてくるので、かなり迫力がある。少々生音が強い時もあ るけど時差はそれほど感じず、バランスもよい。ムジークフェラインはいろんなところで聴いているが、最悪な席が無い珍しいホールだ。 早いものでこのウィーン日記も残すところ90日程となった。7.8月は夏休みに入るので、いろいろヨーロッパを回ってみようかなと思ってる。なかなか実行 するのは大変だが、とりあえず手始めに、今週末はパリに一泊二日で行くことにした。ホテルが高くてそれ以上は滞在できないが、約1日半をブラブラ観光して みるつもり。フランス語は全く判らんが、どうにかなるだろう。死にはしない。